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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)4331号 判決 1998年3月26日

主文

一  被告神奈川県は、原告李相鎬に対し金二〇万円及びこれに対する平成元年六月一八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告神奈川県は、原告金康治に対し金一五万円及びこれに対する平成元年六月一八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告広島県は、原告丁基和に対し、金七万円及びこれに対する平成元年六月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  被告大阪府は、原告金徳煥、同洪仁成及び同徐翠珍に対し、各金五万円及びこれに対する平成元年六月一七日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

五  原告らの被告国に対する請求、原告韓基徳の被告北海道に対する請求、原告ロバート・ディビット・リケットの被告東京都に対する請求、原告金博明及び同崔久明の被告三重県に対する請求、原告李敬宰、原告金一文及び同高康浩の被告大阪府に対する請求、原告李相鎬及び同金康治の被告神奈川県に対するその余の請求、原告丁基和の被告広島県に対するその余の請求並びに原告金徳煥、同洪仁成及び同徐翠珍の被告大阪府に対するその余の請求は、いずれも棄却する。

六  訴訟費用は、別紙訴訟費用目録の各出捐者に生じた費用を、各負担者らのそれぞれ負担とする。

七  この判決は、第一項ないし第四項に限り仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

被告国と被告北海道は、各自原告韓基徳に対し、被告国と被告東京都は各自原告ロバート・ディビット・リケット(以下、「原告ロバート」という。)に対し、被告国と被告神奈川県は各自原告李相鎬、同金康治それぞれに対し、被告国と被告広島県は各自原告丁基和に対し、被告国と被告三重県は各自原告金博明、同崔久明それぞれに対し、被告国と被告大阪府は各自原告金徳煥、同李敬宰、同洪仁成、同金一文、同高康浩、同徐翠珍それぞれに対し、各金一〇〇万円及びこれに対する訴訟送達日の翌日(被告国につき平成元年六月一七日、被告北海道につき平成元年六月一八日、被告東京都につき平成元年六月一七日、被告神奈川県につき平成元年六月一八日、被告広島県につき平成元年六月一七日、被告三重県につき平成元年六月一八日、被告大阪府につき平成元年六月一七日)から各支払済みに至るまで、年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、外国人登録法上、登録原票、外国人登録証明書及び指紋原紙に指紋を押なつすることが要求され、右押なつ行為に違反した場合には刑罰が科されていることに関して、右指紋押なつ制度は憲法及び市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下、「B規約」という。)に反する制度であるにもかかわらず、被告国は原告らに指紋押なつを強要したり、再入国を不許可にする等の違法行為をし、当時原告らが居住していた各地方自治体の警察は、指紋押なつ制度が違憲であり適法な被疑事実が存在しないにもかかわらず、原告らに任意出頭を求めるとともに、一部の原告らに対しては、逮捕の必要性がないにもかかわらず、逮捕行為を行った違法行為をし、更に、大赦により原告らの裁判を受ける権利が侵害されたことを理由に、被告国に大赦権の濫用の違法行為があるとして、原告らが被告国及び各地方自治体に対し国家賠償法一条一項に基づいて損害賠償を求めた事案である。

一  争いのない事実

1 当事者について

原告韓基徳は、昭和三三年三月一日に生まれた在日韓国人であり、原告ロバートは昭和一九年八月二一日に生まれた在日アメリカ人であり、原告李相鎬は昭和三一年九月一日に生まれた在日韓国人であり、原告金康治は昭和三八年九月五日に生まれた在日韓国人であり、原告丁基和は昭和三四年三月一五日に生まれた在日韓国人であり、原告金博明は昭和三九年二月二〇日に生まれた在日韓国人であり、原告崔久明は昭和三六年一二月一三日に生まれた在日韓国人であり、原告金徳煥は昭和二二年五月三一日に生まれた在日韓国人であり、原告李敬宰は昭和二九年三月七日に生まれた在日韓国人であり、原告洪仁成は昭和二八年一一月一九日に生まれた在日韓国人であり、原告金一文は昭和三七年五月二六日に生まれた在日韓国人であり、原告高康浩は昭和三二年一一月一一日に生まれた在日韓国人であり、原告徐翠珍は昭和二二年四月一〇日に生まれた在日中国人である。

2 昭和六二年法律一〇二号による改正前の外国人登録法(以下、特に指摘のない限り、この改正前の法律を「外国人登録法」という。)一四条一項は「一六歳以上の外国人は三条一項、六条一項、七条一項又は一一条一項若しくは二項の申請をする場合には、外国人登録原票、外国人登録証明書、指紋原紙に指紋を押さなければならない」と規定し、同法一八条一項八号で右違反に対し一年以下の懲役若しくは禁錮又は二〇万円以下の罰金が科せられていた。

3 原告らの指紋押なつ拒否

(一) 原告韓基徳は、昭和五七年一月一一日、札幌市北区役所において、外国人登録法一一条一項による確認申請を行った際、同法一四条に規定する指紋の押なつを拒否し、同年一一月一三日、札幌市北区役所において、同法六条一項による引替交付申請を行った際、同法一四条に規定する指紋の押なつを拒否した。

(二) 原告ロバートは、昭和六〇年三月一九日、東京都渋谷区役所において、外国人登録法一一条一項による確認申請を行った際、同法一四条に規定する指紋の押なつを拒否した。

(三) 原告李相鎬は、昭和五七年八月七日、川崎市川崎区役所田島支所において、外国人登録法一一条一項による確認申請を行った際、同法一四条に規定する指紋の押なつを拒否した。

(四) 原告金康治は、昭和六〇年五月一五日及び昭和六二年三月一一日、川崎市川崎区役所において、外国人登録法七条一項による再交付申請を行った際、同法一四条に規定する指紋の押なつを拒否した。

(五) 原告丁基和は、昭和五九年一二月一〇日、広島市中区役所において、外国人登録法七条一項による再交付申請を行った際、同法一四条に規定する指紋の押なつを拒否した。

(六) 原告金博明は、昭和六〇年五月二九日、津市役所において外国人登録法一一条一項による確認申請を行った際、同法一四条に規定する指紋の押なつを拒否した。

(七) 原告崔久明は、昭和六〇年五月二九日、津市役所において外国人登録法一一条一項による確認申請を行った際、同法一四条に規定する指紋の押なつを拒否し、同日「指紋不押なつ」と記載された外国人登録証明書の交付を受けた。

(八) 原告金徳煥は、昭和六〇年五月九日、大阪市生野区役所において、外国人登録法一一条一項による確認申請を行った際、同法一四条に規定する指紋の押なつを拒否した。

(九) 原告李敬宰は、昭和五七年八月七日及び昭和六〇年三月五日の二回に渡って外国人登録法七条一項による再交付申請を行った際、外国人登録法一四条に規定する指紋の押なつをいずれも拒否した。

(一〇) 原告洪仁成は、昭和六〇年三月一日、大阪府高槻市役所において、外国人登録法七条一項による再交付申請を行った際、同法一四条に規定する指紋の押なつを拒否した。

(一一) 原告金一文は、昭和六〇年三月二五日、大阪府八尾市役所において、外国人登録法一一条一項による確認申請を行った際、同法一四条に規定する指紋の押なつを拒否した。

(一二) 原告高康浩は、昭和五九年九月三日、大阪府東大阪市役所西支所において、外国人登録法七条一項による再交付申請を行った際、同法一四条に規定する指紋の押なつを拒否した。

(一三) 原告徐翠珍は、昭和六〇年五月二〇日、大阪市西成区役所において、外国人登録法一一条一項による確認申請を行った際、同法一四条に規定する指紋の押なつを拒否した。

4 指紋押なつ事務の管掌

外国人登録法に基づく外国人の登録に関する事務は、法務省設置法二条により、法務省がその事務を担当することと定められており、また外国人登録事務は国の機関委任事務として地方自治体に委任されており、地方自治法一五〇条の規定により法務大臣が所管事務に関し、都道府県及び市区町村に対し、指揮監督をすることになっている。その指揮監督の方法としては、事務処理状況の報告を受け、書類帳簿を閲覧し、事務を視察し、訓令・通達を発したり具体的に指導するという方法が存在した。更に、機関委任事務のうちの一定の事項について許認可を受けるべきものとすることができ、機関委任事務が違法に行われた場合には、都道府県知事に取消停止権があり(地方自治法一五一条)、また主務大臣に職務執行命令権が認められている(本件当時の地方自治法一四六条)。

5 指紋押なつ事務についての法務省の指導状況

(一) 昭和五五年九月一〇日韓宗碩が東京都新宿区役所で指紋押なつを拒否して以降、徐々に拒否者が増加し、昭和五九年一一月末時点で約六〇名が指紋押なつを拒否し、これに対し国は自治体に対し刑事告発するよう指導し、同年一二月外国人登録事務都道府県主管課長・担当者会議の席上でも刑事告発を要請し、右時点で一五名が告発され八名が公判係属していた。法務大臣は指紋押なつ拒否者に対して、外国人登録法違反の態様及びその事実から出入国管理行政上当該法違反を看過することは好ましくないとして、再入国を不許可にした。

(二) 昭和六〇年における外国人登録確認申請者は当初推定で約三七万人であり、昭和五九年末時点の外国人登録数は八四万一八三一名でその内韓国朝鮮籍の人が六八万〇七〇六名、中国籍の人が六万九六〇八名、アメリカ籍の人が二万九〇三七名であった。

(三) 昭和六〇年五月一日付の法務省の通達が出され、その内容は、<1>法違反者に関し告発の一律的な保留やその取消し等について要請があってもこれに応じないこと、<2>都道府県知事は、大量確認期間中における管下市区町村の確認事務進捗状況を別紙「進捗状況報告書」により、それぞれその翌月の一〇日までに法務省入局管理局長あて報告すること、<3>大量確認期間中、確認申請、指紋押なつ、国籍欄の書換え等に関し強硬な陳情、抗議等を受け外国人登録事務に著しい支障を生じた場合又は集団による指紋押なつ拒否、その他特異な事件が発生した場合は、市区町村長は都道府県知事に、都道府県知事は法務省入局管理局長にその概況を速報すること、を指示するものであった。

(四) 昭和六〇年五月一四日付の法務省通達(以下、「五・一四通達」という。)は、「(拒否者に対する)市区町村の対応にも適切さを欠くと認められる事例が見られ、政府が指紋押なつ制度の緩和を内容とする外国人登録法改正の方針を決定したというような報道が行われたため事務処理に戸惑いを感じている者もあり、制度上・運用上の各般の問題点について検討を重ねているが、外国人登録法改正案を提出する方針を決定した事実はなく、大量確認年にあたり、現行指紋押なつ制度の趣旨をより一層周知徹底を図るため」発せられた。具体的な指示項目は、以下のとおりであった。

(1) 市区町村における指紋照合の励行について--市区町村長は、窓口における外国人の同一人性の確認の重要性を認識の上、写真や外国人登録原票の記載事項等による対比照合を行うとともに、出頭した外国人から鮮明な指紋の押なつを求め、これが前回の指紋と同一であるか否かを肉眼によって照合し、確認に努められたい。

(2) 指紋不押なつ意向表明者に対する措置--<1>市区町村長は、指紋押なつ義務を有する外国人が、外国人登録法一四条の規定にかかわらず指紋押なつしない旨の意向を表明した場合には、当該外国人(以下、「不押なつ意向表明者」という。)に対し、指紋押なつ制度が同一人性の確認のため(同法三条一項又は一一条二項の申請にあっては「人物の特定」のため。以下同じ。)に必要な制度であること等を告げて指紋を押なつしなければ処罰されることがあること等を告げて指紋を押なつするよう説得に努められたい。<2>市区町村長は、不押なつ意向表明者が上記の説得に応じない場合には、指紋を押なつするよう重ねて説得し指紋により同一人性の確認をした上で登録証明書を交付するため、交付予定期間指定書を交付し、改めて出頭を求めることとされたい。この場合には、交付予定期日として交付予定期間指定書交付の日から概ね一か月以内の期日を指定されたく、その期日に出頭した不押なつ意向表明者がなお指紋不押なつの意向を変えないときは、更に同様の趣旨で交付予定期間指定書を交付することとされたい。<3>市区町村長は、不押なつ意向表明者が三回目の交付予定期間指定書により指定した期日に出頭した際にもなお指紋を押なつせず、指紋による同一人性の確認ができない場合には、写真の照合、原票の記載内容の点検及びその他の確認手段によって同一人性の確認ができるかどうかを判断し、同一人性の確認ができた場合には、外国人登録証明書四頁記載欄に「指紋不押なつ」と赤字で記入の上、外国人登録証明書を交付することとされたい。この場合において、その他の手段による同一人性の確認は、同一市区町村内に居住する信頼に足りる保証人二名から同一人物である旨の陳述を得て行うものとし、保証人には外国人登録証明書の指示又は住民票の写しの提出を求めることとされたい。<4>市区町村長は、前記<3>の場合において、同一人性の確認をするに至らなかったときは、同法一五条の二の規定による所要の調査を行うこととし、その調査に必要と見込まれる期間に応じた交付予定期間指定書を交付することとされたい。この場合において、調査の結果により同一人性の確認ができたときは、前記<3>の例により外国人登録証明書を交付するものとするが、前記<2>により最初に交付予定期間指定書を交付した時から六か月を経過してもなお同一人性の確認ができないときは、調査結果を添え、都道府県知事を経由して法務省入局管理局長にその取扱について指示を求めることとされたい。<5>市区町村長は、上記<1>から<4>までの手続きの過程において、不押なつ意向表明者の同一人性に疑いが生じた場合及び不押なつ意向表明者が交付予定期間指定書に指定された期日に出頭しなかった場合には、都道府県知事を経由して法務省入局管理局長にその取扱について指示を求めることとされたい。<6>以下に掲げる場合には、都道府県知事を経由して法務省入局管理局長にその旨を報告されたい。ア不押なつ意向表明者に交付予定期間指定書を交付したとき。イ不押なつ意向表明者がその後指紋押なつし、外国人登録証明書を交付したとき。ウ指紋不押なつのまま外国人登録証明書を交付したとき。

(3) 告発--<1>市区町村長は、外国人が外国人登録証明書の受領に際し指紋押なつを拒否したときは、所轄の警察署長に対し直ちに告発しなければならないとされているが(取扱要領一三の四の(5)の(ロ))、最近指紋押なつ拒否者に対する告発が遅延する傾向にある。現行指紋押なつ制度の必要性は先に述べたとおりであり、また、この制度は昭和五七年の法改正に際し、国会でも慎重な審議が行われた上、引き続き存置することとされたものであって、外国人が現行法規に違反して指紋を押なつしない場合、市区町村長が刑事訴訟法の規定に従い告発の手続をとらなければならないことはいうまでもない。指紋押なつ拒否者に対する市区町村長の告発の遅延は、法違反者を放置し、法無視の傾向を助長することともなるので、取扱要領により指紋押なつ拒否者の告発を励行されたい。なお、刑事訴訟法二三九条二項にいう告発は、公務員が職務の執行の過程で法違反に該当する行為を認めたときは、その事実を司法当局に通報し、その処理を同当局の判断に委ねるという事務的手続を定めたもので、告発がなければ処罰されないというものではなく、告発があれば必ず処罰されるというものでもない。市区町村長は、このような告発制度の意義を正確に理解し、上記規定の趣旨に沿った運用に心掛けられたい。<2>不押なつ意向表明者に対し、外国人登録証明書を交付することなく、交付予定期間指定書を交付して引き続き説得又は調査を行っている間は告発を要しない。しかしながら、説得に応じないため指紋不押なつのまま外国人登録証明書を交付したときは、その時点で直ちに告発することとされたい。なお、指紋不押なつ者に対する告発については以上のとおりであるが、既に指紋不押なつのまま外国人登録証明書を交付し未だ告発がなされていない者については、指紋押なつ拒否後一年を経過している場合には直ちに告発することとし、指紋押なつ拒否後一年に満たない場合には再度の機会を与える意味で重ねて説得し、一か月を経過してこれに応じないときは必ず告発することとされたい。

(4) 外国人登録済証明書の取扱--<1>不押なつ意向表明者については、新たな外国人登録証明書を交付するまでは、登録事項が現状に合致しているかどうか不明確な状態にあるので、外国人登録済証明書の交付を行わないこととされたい。ただし、新規外国人登録以外の申請に係る不押なつ意向表明者で交付予定期間書を交付されている者から、指紋不押なつ意向表明前の登録事項について登録済証明書交付方申請があった場合には、備考欄に「昭和年月日(当初の指紋不押なつ意向表明の日を記入する。)以降確認未了」と記載した外国人登録済証明書を交付して差し支えない。<2>新たな外国人登録証明書を交付済の指紋押なつ拒否者に外国人登録済証明書を交付する場合には、その備考欄に「指紋不押なつ」と記載することとされたい。

(五) 五・一四通達に続いて実施細目等を定めた昭和六〇年六月一一日付法務省管登九一八号「外国人登録事務の適正な運用について(通達その2)」(以下、「六・一一通達」という。)が発せられた。

(六) 同年五月中旬から六月にかけて、法務省入国管理局は、五・一四通達及び六・一一通達の解釈運用について、ブロック単位及び県単位の説明会等において口頭による説明、指導を実施した。また、法務省は同年六月一一日から一四日にかけて、外国人登録事務従事市町村職員第三一回中央研修を開催し、外国人登録事務に従事する市区町村職員に対し五・一四通達の徹底指導をした。

(七) 同年六月右同局は、指紋押なつ制度の正当化を図るべく「指紋押なつ制度について」と題する執務資料を発刊した。その項目は次のとおりであった。

(1)外国人登録制度の上で、なぜ指紋が必要なのか

(2)指紋押なつ制度導入の経緯について

(3)外国人登録証明書不正入手の実態の一端について

(4)窓口における指紋照合の必要性と事務処理について

(5)指紋の紋様の類型について

(6)法務省における指紋の保管と照合について

(7)外国人登録照会と指紋照会について

(8)指紋押なつ制度と憲法及びB規約について

(9)諸外国における指紋押なつ制度について

(10)指紋不押なつ者に対する告発について

(11)指紋押なつ制度の再検討について

(八) 次いで、右通達の運用を統一し指導を徹底すべく、法務省入国管理局長名で同年七月一五日「指紋押なつ事務取扱について-指紋事務Q&A-」を発刊した。

その中で、例えば以下の如き指示をした。

「<1>告発について--刑事訴訟法二三九条二項の規定は、いわゆる義務規定であり、市区町村長の判断によって告発してもしなくてもよいというようなものではない(その違反について罰則はないが、懲戒処分の対象となり得る義務違反であることは明らかである)。特に、指紋の押なつ拒否については、告発がなされないことが常識化するようなこととなれば、押なつ拒否の風潮が一層広まり、ひいては登録行政の根幹を揺がすことともなるおそれがあり、一方、告発がなされない場合でも刑事手続を進めることは可能であることから、告発なしに捜査が開始されるという必ずしも好ましくない事態が常識化することともなりかねないので、これを避ける意味をも含めて、特に告発の励行を求めることとしたものである。指紋不押なつについて、指紋制度は改廃されるべきであるからとか、人権問題であるからとか、市区町村は住民の利益を守るべきであるからとかの理由は、告発義務の不履行を正当化する理由たり得ない。また、外国人登録事務はいわゆる機関委任事務であるから、通達に従わないでなされた事務については法律上職務執行命令の対象となり得るところであるが、告発を行うこと自体は、いわゆる機関委任事務には含まれないと考えられる。<2>外国人登録済証明書について外国人登録済証明書の発給事務自体は証明事務として市区町村の固有事務であるが、原票の管理・保管の事務は機関委任事務に属するのであるから、原票の利用につき一定の制限や条件を付することは法務大臣がなし得ることであって、通達はその観点から適正な原票の利用すなわち適正な外国人登録済証明書の作成交付について定めているのである。」

(九) 昭和六〇年一〇月二二日、二三日に外国人登録事務協議会全国連合会理事会、同年一二月三日に外国人登録事務都道府県主管課長会議、昭和六一年二月五日に外国人登録事務研修会、同年六月二四日ないし二七日に外国人登録事務従事都道府県職員中央研修、同年一〇月一四日ないし一七日に外国人登録事務従事市町村職員中央研修会、昭和六二年六月三〇日ないし七月三日に外国人登録事務従事都道府県職員中央研修、同年一〇月一三日ないし一六日に外国人登録事務従事市町村職員中央研修、昭和六三年四月一二日ないし一四日に外国人登録事務従事都道府県職員中央研修がそれぞれ開催され、通達等の内容について指導がなされた。更に法務省入国管理局長が、昭和六〇年七月五日、五・一四通達の遵守要請方のために神奈川県知事に会い、同年八月初旬頃大阪入国管理局及び高松入国管理局を視察した際、大阪府、兵庫県、香川県及び松山市長を表敬訪問した。

(一〇) 昭和六一年九月二五日付法務省管登一八五〇号「外国人登録法の改正と適正な事務の執行について」が発せられ、「同法改正法案が国会で可決されて成立した場合においても、これが施行され現行法が適用されなくなるまでの間、市区町村の窓口において現行法に基づき整然と事務が執行されなければならない。拒否者が少なからず存在する状況は法改正の実現を図る点からも好ましくない。五・一四通達に基づいて事務処理せよ」との通達がなされた(以下、「九・二五通達」という。)。

(一一) 更に法務省は九・二五通達で「指紋押なつ拒否者に関する捜査機関からの刑事訴訟法に基づく照会があった場合、その求めに応ずることは刑事訴訟法上当然の義務で、円滑な捜査の遂行に一層積極的に協力するよう」指導した。

6 法改正の動向

昭和五九年九月八日に日韓首脳共同声明で在日韓国人の法的地位及び待遇問題について、日本側が引き続き努力する旨約束され、その中に指紋押なつ問題が含まれていることが昭和六〇年二月六日の衆議院予算委員会等で明らかにされた。そして同年二月上旬頃新聞各紙が「指紋押なつは新規登録一回だけ、指紋押なつ制度大幅緩和へ」と報じ、これに対し、当時の法務大臣が同月一九日の記者会見で「昭和五七年に改正をしており、朝令暮改のそしりもあるので今すぐ調整できる段階にはない、引き続き検討する」と答え、これ以降「制度改善を引き続き検討するが当面は現行法で対処する」との方針が続いた。

昭和六一年九月に指紋押なつ原則一回案が政府方針として固まり、同月二一日中曽根首相は訪韓の際、全斗煥大統領に右方針を示した。

昭和六二年一〇月二〇日頃法務省が改正案の骨子を発表し、同年三月一三日改正案が閣議決定され、国会に上程されて、同年九月一八日改正案が可決成立した。

7 原告らの起訴及び大赦による免訴判決について

(一) 内閣は、平成元年二月八日大赦令の閣議決定をし、同月一三日政令二七号大赦令が公布された。右大赦令において、外国人登録法の罪の一部が赦免の対象罪名となっていたが、一度目の指紋押なつに対する指紋不押なつ罪が大赦の対象から外されていた。

(二) 原告韓基徳は昭和五八年九月二八日名古屋地方裁判所に起訴され、原告ロバートは昭和六一年一二月二三日渋谷簡易裁判所に起訴され、原告李相鎬は昭和六〇年六月一〇日横浜地方裁判所に起訴され、原告金康治は昭和六二年七月一七日横浜地方裁判所に起訴され、原告丁基和は昭和六一年四月一六日広島地方裁判所に起訴され、原告金博明は昭和六二年九月一六日津地方裁判所に起訴され、原告崔久明は同日津地方裁判所に起訴され、原告金徳煥は昭和六一年一二月二五日大阪地方裁判所に起訴され、原告李敬宰は昭和六〇年六月一五日大阪地方裁判所に起訴され、原告洪仁成は昭和六一年一二月二五日大阪地方裁判所に起訴され、原告金一文は昭和六二年五月二五日大阪地方裁判所に起訴され、原告高康浩は同年七月二三日大阪地方裁判所に起訴され、原告徐翠珍は昭和六一年一二月二五日大阪地方裁判所に起訴された。

(三) 検察官は、原告李相鎬につき平成元年三月一七日、原告金康治につき同年二月二八日、原告丁基和につき同年三月六日、原告金博明につき同年五月三一日、原告崔久明につき同年五月三一日、原告金徳煥につき同年四月一七日、原告洪仁成につき同年三月一六日、原告金一文につき同年三月一〇日免訴の申立をし、前掲の各裁判所は、原告李相鎬につき同年三月二〇日、原告金康治につき同年三月二三日、原告丁基和につき同年三月一四日、原告金博明につき同年五月三一日、原告崔久明につき同年五月三一日、原告金徳煥につき同年五月二三日、原告洪仁成につき同年三月一六日、原告金一文につき同年三月二四日、それぞれ免訴判決を言い渡した。

二  当事者の主張

1 原告らの主張

(一) みだりに指紋押なつを強要されない権利の憲法上の地位

みだりに指紋押なつを強要されない権利は、プライバシー権つまり自己についての情報をコントロールする権利の一つとして、憲法一三条によって保障されているものである。

そして、右プライバシー権は社会関係が複雑化し、情報化社会といわれる現代社会の中で個人を個人として認め人間の尊厳を守る基本的前提となっている重要な権利であり、特に指紋は、個人識別の機能を持ち、国家が体系的組織的に個人識別に利用することにより、個人の人格、思想、習慣、行動等の情報に接する索引情報として有効に機能し、更に犯罪捜査手段としても利用が可能となるものであり、指紋により思想行動調査も行われる余地があることから、思想良心の自由に対する抑止的効果、萎縮的効果をも生じさせる危険があるものである。

また、みだりに指紋を採られることにより犯罪者扱いされたという不快感に加え、日本の旧植民地出身者にとっては屈辱感や劣等感、敗北感を感じさせるものであることからも、内心の自由としての性格も有するものである。

したがって、みだりに指紋押なつを強要されない権利は、プライバシー権の中でも重要な位置を占め、精神的自由ないし精神的自由に準ずる性格のものとして最大限尊重されなければならない権利である。

(二) 在日外国人の人権享有主体性

基本的人権の観念は、人間が人間であることを根拠とする普遍的理念として主張され、近代市民革命を経て各国憲法に実定化されたものであり、「みだりに指紋押なつを強要されない権利」は権利の性質上、その保障を国民のみに限定しなければならない理由はないことから、在日外国人に対しても等しく及ぶものであり、また、憲法一四条は内外人の平等をも保障するものである。

(三) 指紋押なつ制度の合憲性審査基準

(1) 憲法一三条違反の判断の審査基準

裁判所の違憲審査基準としては、政治的弱者等の人権保障を図るために、裁判所に違憲審査権が与えられていることを踏まえ、「公共の福祉」による不当な人権の制約がなされないために、精神的自由権の制約は、経済的自由権の制約より厳格な司法審査に服すべきであるという「二重の基準」理論に従うべきである。

とすると、みだりに指紋押なつを強要されない権利はプライバシー権そのものであり、重要な精神的自由権である以上、その制約はいわゆる「厳格な審査基準」に服し、立法目的と立法手段の双方について立法事実を精査した上で、重要な公共の利益のために必要不可欠な制度であって、目的達成のために必要最小限度のものと認められることを要するものと解すべきである。

立法目的の審査は立法目的が何であるか及び右目的が正当であるかどうかの調査が必要であり、立法手段については、「より制限的でない他の選びうる手段」が存在しないことが立証されない限り、当該立法は違憲と判断すべきであり(LRAの基準)、少なくとも同じ目的を達成できる、より緩やかな規制手段の不存在を要求するいわゆる厳格な合理性の基準によるべきである。

(2) 憲法一四条の違憲判断の審査基準

憲法一四条における違憲審査基準においては、人種等の一定の分類による異なる取扱いは、特に平等価値の実現を図る必要性が高いこと、あるいは立法過程における偏見を排除すべき必要性が高いことから、前記「厳格な審査基準」が妥当すると考えるべきであり、更に、人権の中でも特に基本的な権利(精神的自由及びそれに準ずる重要性を持つ権利)については、「厳格な審査基準」が妥当すると考えるべきである。(「疑わしい分類」及び「基本的権利」の理論)。

外国人の権利を制約する立法については、政治過程から排除され政治過程による救済が期待し難いことから、「疑わしい分類」に基づく異なる取扱いというべきであり、みだりに指紋押なつを強要されない権利は重要な精神的自由権であることから、これについての異なる取扱いは「基本的権利」に関するものであるから指紋押なつを強要する外国人登録法についての違憲審査基準は「厳格な審査基準」によるべきである。

(四) 指紋押なつ制度とB規約

(1) 「品位を傷つける取扱い」(七条)違反について

{1} B規約は、これを批准した国家を法的に拘束する外国間条約であり、憲法九八条二項により条約は特別の立法なしに法としての国内的効力が認められ、憲法上、条約は法律に優位するものと解されるから、B規約は日本国において批准後直ちに日本国内において効力を有しており、法律に優位する地位を占めているものである。

そして、B規約七条において、「何人も拷問又は残虐な、非人道的な若しくは品位を傷つける取扱い若しくは刑罰を受けない。」と規定されている。右「品位を傷つける取扱い」の解釈としては、肉体的苦痛を伴う取扱いだけでなく、精神的苦痛を伴う取扱いも含むものと解するのが相当であり、指紋押なつ制度は、在日外国人、特に旧植民地出身の在日韓国朝鮮人にとっては、屈辱感、劣等感、敗北感を味わわせるものといえ、「品位を傷つける取扱い」に該当するものというべきである。

{2} B規約七条と「公共の福祉」

B規約七条にいう「品位を傷つける取扱い」には条文上何らの制限規定もおかれておらず、B規約二八条に基づいて設置された人権専門委員会においてもB規約の解釈にあっては、B規約上明文をもって認められた制限以外の制限を持ち込むことは許されないと解釈しており、更に国際法の専門家による国際会議においてもB規約に保障された権利はB規約の文言以外のいかなる制限にも服さない(シラクサ原則)としていることからして、「公共の福祉」によっても制限され得ない権利というべきである。

{3} したがって、指紋押なつ制度はB規約七条に反するものである。

(2) 指紋押なつ制度は、内外人平等原則を定めたB規約二条及び二六条にも反するものである。

(五) 指紋押なつ制度の目的の正当性について

(1) 同一人性の絶対確実を目的とする指紋押なつ制度に正当な行政目的があるといえるためには、同一人性の確認が絶対確実なものでなければならないという確かな根拠が必要であるというべきである。

出入国管理行政をはじめとする行政施策を適正に遂行するためには同一人性の確認が必要ではあるが、国民については、行政の分野において指紋の照合による同一人性の確認は、犯罪捜査以外には必要とされておらず、不都合が生じていないことからすると、絶対確実という程度の同一人性の確認は通常の行政分野において必要ではないといえる。更に、行政施策遂行上利用し得るようにあらかじめ指紋を採っておくということも許されるとはいえず、絶対確実な同一人性を求める指紋押なつ制度に正当な目的があるとはいえない。

(2) 指紋押なつ制度の治安管理目的

第二次世界大戦前の満州国における指紋制度は治安管理の道具として用いられたものであり、現行の指紋押なつ制度は右満州国におけるそれと形式及び実質において連続性ないし類似性を有しているものである以上、現行の指紋押なつ制度も在留外国人に対する治安管理を目的としているものといえる。

更に、第二次世界大戦前の特高警察においては、治安管理の手段として指紋制度が活用され、協和会事業とともに在日朝鮮人、中国人に対する治安管理が行われてきたものであることからしても、現行の指紋押なつ制度に治安管理目的が存することは明らかである。

また、外国人登録法制定に至る経緯及び指紋押なつ制度導入の経緯からしても、指紋押なつ制度は、アメリカ合衆国と日本が歩調を合わせ極東における外交政策に不可欠のものとして、第二次世界大戦後の冷戦の激化に伴う治安維持のための戦時非常立法として制定されたものであり、治安管理目的を有していることは明らかである。

現に、警察が外国人登録法上の指紋を収集することは可能であり、外国人登録証明書の常時携帯制度と指紋押なつ制度が相俟って治安管理制度として機能して、在日朝鮮人、中国人に対する監視体制となっているものである。

(3) 民族差別と偏見を存在基盤とする指紋押なつ制度

在日朝鮮人は、大日本帝国の植民地支配と侵略戦争により形成されたものであり、右植民地支配により、朝鮮人に対する民族差別が形成された。そして、外国人登録法の指紋押なつ制度は、右民族差別によって支えられ、不合理な差別を強いる国家的な制度となっており、更に、右民族差別の一側面として在日朝鮮人を危険視する偏見があり、右偏見が厳格な治安管理政策である指紋押なつ制度の存在基盤ともなっているものである。

(4) 以上のように、指紋押なつ制度は、植民地支配のもとで形成された民族差別や偏見に基づいて作られた治安維持目的の制度であり、治安維持目的をもって指紋押なつ制度を合理化することはできず、植民地支配と侵略戦争を放棄した新憲法化においては憲法の精神とも根本的に違背しているものであり、許されないものである。

外国人登録法の規定自体においても、外国人の私生活に関する情報を収集し、情報の正確性を期すため、登録事項に変更があった場合の変更登録を強制し、一定期間ごとの確認を受ける義務を課した上で、常時携帯提示義務を課すことによって、官憲が即時にいかなる人物かを把握しうる体制を整えるとともに、人物の特定に完全を期するために指紋押なつ制度を採用しているものであり、右義務違反に対しては刑罰を科して強要していることからして、外国人の動向監視のための制度であり、治安維持のための法律であることは明らかである。

(六) 指紋押なつ制度の必要性及び合理性について

(1) 在日韓国朝鮮人の大部分は、日本に長年定住しているいわゆる定住外国人であり、国民と変わらない程度に居住関係、身分関係は明確であるといえることからすると、在日外国人が日本人に比べて密着性が薄く、居住・身分関係が明確でないから、絶対的確実な手段が必要であるとはいえず、外国人についても、国民と同様に指紋を採取しなくても、写真等により同一人性の確認は十分可能なものである。

(2) 不正登録防止機能について

指紋押なつ制度を採用しなくとも、不正登録をなすのは非常に困難であり、更に、他人の外国人登録証明書を不正に取得した場合についても、所持人の指紋を強制的に採取する法規はなく、写真の対比により不正取得を発見することが十分可能であることからすると、指紋が機能しうるのは、外国人登録証明書上の写書と所持者の顔が似ている場合に限られ、極めて限定された場面でしか機能しえない制度である。

(3) 不正登録減少の実情

指紋押なつ制度導入当初は、その必要性があったとしても、その後不正登録はめっきり減少し、現に昭和五六年四月以降昭和六〇年までの間、指紋の照合作業により人物の入れ替わりの不正登録が発見された例はなくなり、社会情勢の変化により、本件指紋押なつ拒否当時にはもはや指紋押なつ制度の必要性はなくなっていたものである。

(4) 不法入国、残留防止と指紋押なつ制度

指紋押なつ制度が機能するのは不正登録によって不法入国・残留の発見を免れようとしている人に対してのみであり、不正登録手段を用いない不法入国・残留の防止に指紋押なつ制度が機能することがない以上、不法入国・残留の防止をもって指紋押なつ制度の必要性、合理性を裏付けることはできない。

不法入国・残留者を防止するためであれば、日本人ないし一年未満の在留期間を決定されその期間内にある者に対しても指紋押なつ制度を課さなければならないにもかかわらず、そのような制度が採用されていないことからしても、指紋押なつ制度の必要性は薄いものである。

(5) 指紋押なつ制度の不要性

{1} 指紋照合の形骸化

本件指紋押なつ拒否当時における指紋押なつ義務の履行の時期は、外国人登録証明書の受領の時とされ、申請の要件とされていなかったことからして、指紋押なつ制度が同一人性確認の手段として貫徹されていないものである。

更に、法務省の指導においても、同一人性の確認を指紋照合により行う旨明記されてこなかったものであり、現に、指紋照合による同一人性の確認はほとんど行われていなかった。

法務省においても、昭和四五年八月から昭和五五年一〇月まで換置分類は全く行われず、指紋鑑定を専門に行う技官の数も昭和四五年以降はいなくなり、法務省の指紋登録係の職員も一、二名程度の状態になるとともに、昭和五九年には、新規登録の場合を除いては、法務省に送付されていることになっていた指紋原紙への押なつは省略するとの通達がなされていたことからしても、指紋照合による同一人性の確認は著しく軽視され、指紋の照合体制は形骸化していたものである。

{2} 外国人登録証明書における指紋照合

外国人登録証明書の提示を求めた際、外国人登録証明書の指紋は見ることはできるが、その所持人に指紋を見せるよう強制する手段はなく、現実の運用でもそのような指紋照合はなされていないことからして、外国人登録証明書に表示された指紋は所持人との同一人性確認のために必要とはいえず、形骸化しているものである。

{3} 外国人登録法の改正による二回目以降の一律指紋押なつ強要の撤廃

昭和六三年六月一日、改正された外国人登録法が施行され、二回目以降の指紋押なつについては、同一人性が指紋によらなければ確認できない特別の事由があるときのみこれをさせることとし、従前一律に全員に対し二回目以降の指紋押なつをさせていた制度は廃止されたものであり、法務省自身、右改正によっても外国人登録の正確性は損なわれないことを認めていることからして、一律に再押なつさせる制度に具体的な必要性がないことは明らかであり、現に右改正後再押なつを求めた事例が報告されていないことからも一律再押なつ制度の不要性は明らかである。

{4} 他の同一人性確認の方法の存在

同一人性確認の手段としては、写真と登録事項の照合、周辺事情調査や諸資料による確認の手段があり、外国人登録における同一人性の確認も、現実には顔写真や登録事項の照合で行われており、支障が生じていなかったのであるから、指紋押なつ制度の代替手段として十分なものが存在しており、指紋押なつ制度の必要性は認められない。

写真については正確性に問題点がないわけではないが、確認時ごとの新しい写真の提出の義務付けや外国人登録証明書を写真ごとビニールコーティングする方法や外国人登録証明書をラミネートカード化することにより防止できるものである。

{5} 以上のとおり、指紋押なつ制度は、その目的においても、必要性の点においても、合理的なものとはいえず、憲法一三条、一四条に反するものである。

(七) 指紋押なつ制度の憲法一三条、三一条違反

指紋押なつが合憲と言いうるためには、それを通じて国家が把握しようとしている事柄以外の事柄を把握するために指紋が用いられないための手続的な保障が必要であるところ、外国人登録法の指紋押なつ制度は、このような制度上の手続がないものであり、重大な手続上の欠陥を有している点で、憲法一三条及び三一条に違反するものである。

(八) 一律再押なつ強要の違憲性、国際人権規約違反

昭和六二年の外国人登録法の改正により、指紋の一律再押なつ制度が廃止されたことから明らかなように、一律再押なつ制度は、具体的な必要が必ずしもない場合が多く、人物の同一人性に疑いがある場合に限って指紋の再押なつを求めれば十分であることから、一律に指紋の再押なつを要求する制度は、憲法一三条、一四条、B規約七条、二条、二六条に違反しており、仮に制度が違憲でないとしても、再押なつが不必要な人に適用される限りにおいて適用違憲と解すべきである。

(九) 定住外国人への指紋押なつ強要の違憲、B規約違反

本件指紋押なつ拒否当時には、定住外国人、特に平和条約国籍離脱者等に対して指紋押なつの強要を続ける実質的必要性は消滅ないし著しく乏しくなっていたものであるから、右の者に対して指紋押なつを強要することは、人権を制約する必要性が十分ではないという点で憲法一三条、一四条、B規約七条、二条、二六条に違反するものというべきである。

(一〇) 再入国不許可処分の違法性

(1) 在日外国人の再入国の自由の権利性

国民には海外渡航の自由が憲法上保障されており、右海外渡航の自由に対する制約は、それが人間活動の中核に関わる精神的自由の側面を有することから、精神的自由に対する制約とほぼ同等の厳格な基準のもとでのみ許されるものというべきである。

前記のとおり憲法の基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみを対象としていると解されるものを除いては、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものであるところ、再入国を申請する当該外国人は既に適法に一定の在留資格を得て日本に在留する外国人であるから、当該外国人に対しては、基本的人権の保障を全うするために、国民に対するのと同様の権利保障を及ぼすべきである。

実質的にも再入国の場合には、日本に生活歴があり、人物・行動も既知事項となっているとともに、日本社会とも財産権・居住権・家族生活を営む権利・経済生活上の信用等のつながりをもっているものであり、在留期間が長期に及ぶ者である場合には、その再入国は新規入国とは異なり、海外渡航の重要性は国民との間に違いはなく、祖国との文化的交流や親族訪問等の関係ではそれ以上の重要な意味をもっているともいえるものであるから、在留外国人の再入国の自由は、憲法上認められているというべきである。

特に、いわゆる定住外国人、更には、日本への永住権を有する者については、日本に生活の本拠を持ち、日本社会と深く結びついており、その再入国は国民の海外渡航と実質的に異ならないことは明白であるから、再入国の自由は当然認められるべきものである。

(2) B規約一二条四項による再入国の保障

B規約一二条四項は、「何人も、自国に戻る権利を恣意的に奪われない。」と規定しており、右規定の「自国」とは、国連での審議経過からして、国籍国のみならず、永住許可を与えた国、つまり永住権者の定住国も含むものと解される。

国際条約においても、定住外国人の「帰る権利」の保障を認める潮流にあり、国際条理の要請としても「自国」に永住権者の定住国が含まれると解すべきである。

(3) 再入国の権利性と裁量の制約

憲法二二条及びB規約一二条四項で外国人、特に定住外国人の再入国の自由が認められる以上、出入国管理及び難民認定法(以下、「入管法」という。)二六条一項の再入国の許可を与えることができる旨の規定は、許可をすることによって日本国の利益又は公安に明白かつ現在の危険が生ずる場合か、少なくとも再入国許可申請者が旅券法一三条一項五号に定めるような著しくかつ直接に日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認められる等、公共の福祉を害する場合に限って再入国を不許可とすることができるにすぎないと解すべきである。

我が国に定住する外国人、特に永住権者にとって海外渡航は精神的充足を得る上で重要なものであり、立法上、行政上、日本において利益を享受できる地位にあることから、定住外国人については、新規入国とは異なった基準に基づいて許可の採否を判断すべきであり、更に、協定永住資格者については、国内法上国民に準じた法的地位が認められており、他の在留外国人とは質的に異なる資格を有しているのであり、日本国民に憲法上海外渡航の自由が認められていることからしても、協定永住資格者に対する再入国許可処分における法務大臣の裁量の範囲は他の在住資格者と比較し、一定の制約に服するものと解すべきであり、協定永住資格者の退去強制の自由が極めて限定されており、協定永住資格の喪失により、再度協定永住資格を取得する余地のないことをも考慮して判断すべきである。

したがって、協定永住資格者に対する不許可については、真にやむを得ない理由があるか、比例原則に適合していることが必要であり、そうでない場合には、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権の濫用にあたるものというべきである。

(4) 原告丁基和は昭和六〇年五月二〇日再入国許可申請を提出し、法務大臣は同月二四日付で指紋押なつ拒否を理由に不許可とする処分をなしたものであるが、原告丁基和は、協定永住資格を有しており、法務大臣の裁量には一定の制約があると解されるところ、原告丁基和が日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあるとはいえず、本件不許可処分に真にやむを得ない理由があるともいえない。

また、指紋押なつ拒否罪は実質的に違法性及び社会的非難の程度が軽微な犯罪であるというべきところ、原告丁基和は指紋押なつ拒否を理由に、再入国不許可処分を受け、韓国での研修が不可能になる等の重大な不利益を被ったものであり、仮に、無視して出国した増合には日本での在住が否定される制裁の意味があったものであり、本件不許可処分は、比例原則にも反しているものといえ、裁量の範囲を超え又は裁量権の濫用であり、違法といえる。

(一一) 原告らに外国人登録証明書を交付する際、外国人登録証明書に「指紋不押なつ」ないし外国人登録済証明書に「確認未了」と記入した点の違法性について

外国人登録証明書は外国人にとって重要な証明書類であり、右書類に「指紋不押なつ」等と記入することは、指紋不押なつが外国人登録法上犯罪行為とされている以上、官憲が右書類上に犯罪行為を犯したことを公示するものであり、当該外国人に市民生活上の不利益をもたらし、プライバシー権を侵害し、幸福追求権をも侵害するものであり、違法な処分といえ、右記入が五・一四通達に基づくものである以上、国がその責任を負うべきである。

(一二) 指紋押なつ強要行為の違法性

原告らは、被告国より、市・区役所職員らを通じ、刑罰が科せられている等の威嚇的言辞を用いて執拗に指紋押なつを強要されたものである。

更に、原告らは指紋を押なつしないことにより告発され、指紋押なつを強要されたものであるが、そもそも告発がなくとも法違反の刑事手続には何ら支障がなく、告発は国の機関委任事務でもないにもかかわらず、法務省が市区町村に対しあえて告発を実行させた行為は、告発を受けた原告らに対する不必要かつ過度の不利益措置というべきである。

更に、被告国は通達等を通じ、指紋押なつを拒否している者の再入国許可申請を不受理とし、指紋不押なつ意向表明者に対する外国人登録証明書の交付を留保するという指導を行い、指紋押なつを強要したものであるが、指紋押なつが外国人登録申請及び外国人登録証明書の交付要件ではないことからすると指紋押なつ拒否を理由に外国人登録証明書を交付しない措置は、外国人登録法に反し、市民生活上不利益を与える処分である。

右のとおり、被告国は、指紋押なつ拒否者に対し、再入国不許可処分、外国人登録証明書や外国人登録済証明書に関する不利益取扱、市区町村に対する指紋押なつを徹底させる旨の指導や告発励行の指導等を通じて、違憲かつB規約違反の指紋押なつを強要してきたものであり、右強硬行為は違法である。

(一三) 各原告らに対する指紋押なつ強要行為について

(1) 原告韓基徳について

原告韓基徳は、昭和五七年一月一一日札幌市北区役所内において、外国人登録証明書の確認交付申請の際、指紋押なつ拒否を表明したが、窓口職員より「指紋押なつを拒否すると外国人登録法違反で罰せられますよ」等と威嚇され、約三〇分間にわたって執拗に押なつを求められた。

更に、原告韓基徳は、同年一一月一三日同区役所内において、外国人登録証明書の引替交付申請をした際にも、指紋押なつを拒否した。このときは戸籍係係長が応対し、約一五分間にわたって説得されたが応じなかったため、同係長より「法違反なので告発せざるをえない」と告げられた。

(2) 原告ロバートについて

原告ロバートは、昭和六〇年五月二〇日、東京都渋谷区役所から指紋押なつについての催告状の送付を受けた。

(3) 原告李相鎬について

原告李相鎬は、昭和五七年八月七日川崎市川崎区役所田島支所内において、外国人登録証明書の確認交付申請の際、指紋押なつ拒否を表明し、これに対し、係員は指紋の押なつ方をしつこく迫り、なおも原告李相鎬が拒否の意思を貫いたため、指紋事項欄に「指紋押なつ拒否」と記入した。

更に、原告李相鎬は、その後も同支所職員の訪問を受けて指紋押なつを要求され、また同支所からの呼出しに応じた際にも押なつを強要された。

(4) 原告丁基和について

原告丁基和は、昭和五九年一二月一〇日午後四時頃、広島市中区役所内において、外国人登録証明書の再交付申請の際、指紋押なつを拒否し、その後午後五時三〇分頃まで市民課課長及び同補佐より押なつを要求され、引き続いて午後六時三〇分ころまで区長ほか数名の役職者にとり囲まれて押なつを要求された。区長らは、「指紋を押さないと手帳を交付できない」「そのことで警察ざたになっても仕方ない」等と告げ押なつを迫った。

その後、原告丁基和は、昭和六〇年六月一二日に至るまで、八回にわたり、区長らより、催告書、電話、自宅訪問、区役所への出頭要請により指紋を押なつするよう説得を繰り返された。

(5) 原告金博明について

原告金博明は、昭和六〇年六月二一日を初回として一か月一度の割合で計六回津市役所より指紋押なつの催告状の送付を受けた。

(6) 原告崔久明について

原告崔久明は、昭和六〇年五月二九日津市役所内において、外国人登録証明書の確認交付申請の際、指紋押なつを拒否したため、交付された外国人登録証明書には「指紋不押なつ」との文言を書き込まれた。その後、約一か月毎に計六回にわたって、指紋押なつを求める催告状が送付された。

(7) 原告金徳煥について

原告金徳煥は、昭和六〇年五月九日大阪市生野区役所内において、外国人登録証明書の確認交付申請の際、押なつを拒否した後、指紋を押なつしなければ処罰される旨記載された催告文書が計六回にわたって自宅宛に送付された。

(8) 原告李敬宰について

原告李敬宰は、昭和五七年八月七日の再交付申請時及び昭和六〇年三月五日の再交付申請時の二回にわたって指紋押なつを拒否したが、一回目の拒否に対して、高槻市役所内において四回にわたり指紋を押なつするよう説得されるとともに、公務員には告発義務がある旨説明を受け、二回目の拒否に対しても、五回にわたり同市役所において指紋を押なつするよう説得を受けた。

(9) 原告洪仁成について

原告洪仁成は、昭和六〇年三月一日高槻市役所内において、外国人登録証明書の再交付申請の際、指紋押なつを拒否したが、これに対し、市民生活部次長外二名が約一五分間にわたって、原告洪仁成に対し「一四条違反となると後々重大な影響を及ぼすことになる」等と威嚇して押なつを強要した。

その後、原告洪仁成宛に二回にわたり「出頭して押なつせよ」と記載された出頭依頼通知が送付された。

(10) 原告金一文について

原告金一文は、昭和六〇年三月二五日大阪府八尾市役所内において、外国人登録証明書の確認交付申請の際、指紋押なつを拒否し、これに対し、同市役所は処罰の可能性がある旨告げて押なつを強要し、以降月一回文書による来庁要請を行い、大阪府警八尾警察署に告発を行った。

更に、原告高康浩は、指紋押なつ拒否後外国人登録済証明書の交付を求めたことがあったが、発行された外国人登録証明書には「確認未了」との記載がなされた。

(11) 原告高康浩について

原告高康浩は、昭和五九年九月三日大阪府東大阪市役所西支所内において、外国人登録証明書の再交付申請の際、指紋押なつを拒否し、これに対し係員は、法律違反であって処罰されるおそれがある旨告げたのみならず、「警察からの呼出しもあるし、再入国許可にも影響するかもしれない」と告げて、指紋押なつを強要し、結局同支所から大阪府警布施警察署に告発された。

(12) 原告徐翠珍について

原告徐翠珍は、昭和六〇年五月二〇日大阪市西成区役所において、外国人登録証明書の確認交付申請の際、指紋押なつを拒否し、これに対し、係員は押さなければ罰則がある旨告げて指紋押なつ方を迫ったが、効を奏さなかったため、指紋事項欄に「指紋不押なつ」と記入した新外国人登録証明書を交付した。

その後、原告徐翠珍は、同年八月二〇日、同年一一月二〇日及び昭和六一年二月二〇日付で計三回にわたり同区役所から文書による押なつ方の催告を受けた。

(一四) 大赦の違憲・違法性について

恩赦制度が憲法下において存続しうるには、主権在民・民主主義に相反せず、刑事政策として十分な合理性があり、行政の司法に対する不当な介入とならないことが必要と解されるところ、本件大赦は天皇死去を理由にするもので、主権在民の原理に真的向から違背するものであり、原告らに対し一方的に強要されたものであるから、行政権及び天皇制による裁判への不当な介入といわざるを得ない。

更に、戦後三回の大赦において、外国人登録法違反が大赦の対象とはならなかったにもかかわらず、本件においては大赦が行われていることから、本件大赦は、無罪判決を阻止し、民族差別の象徴である指紋押なつ制度を維持しようとするところに目的があったものであり、違憲であるとともに、恩赦権を濫用するものである。

更に、原告らは本件大赦により、原告らが刑事裁判において無罪判決を受けうる機会を剥奪し、原告らの裁判を受ける権利を奪ったものであるから、本件大赦は違法な行為である。

したがって、国が外国人登録法上の指紋不押なつ罪に大赦を適用し、検察官が指紋不押なつ罪の刑事裁判で大赦を理由に実体審理を打ち切らせる免訴を求めた行為は違憲、違法である。

(一五) 捜査権行使の違法性(各被告都道府県に対して)

各被告都道府県は、指紋押なつ制度が違憲であり、適法な被疑事実が存在しないにもかかわらず、各原告らに対して、以下のとおり任意出頭を求め、任意出頭を余儀なくさせ、あるいは逮捕行為にまで及んだものであり、各被告都道府県の警察官の右職権行使は違法であり、各被告都道府県は国家賠償法一条一項に基づき損害を賠償すべき責任を負うべきである。

(1) 原告韓基徳について

原告韓基徳は、昭和五七年一月二八日付、同年二月一〇日付、同月二五日付、同年三月一三日付、同月一八日付と計五回にわたって、北海道警察札幌方面北警察署より内容証明郵便にて出頭要請を受け、更に、同年一一月一七日から昭和五八年一月一三日までの間計三回にわたって警察官の訪問を受け、同年六月二九日名古屋地検に出頭して取調べに応じた。

(2) 原告ロバートについて

原告ロバートは、警視庁渋谷警察署から昭和六一年一一月五日、同月二六日及び同年一二月三日に任意出頭要請を受け、同年一二月一八日逮捕された。

(3) 原告李相鎬について

原告李相鎬は、昭和六〇年三月四日から同年四月二七日までの間、計四回にわたって神奈川県警察川崎臨港警察署員の訪問を受け出頭を要請され、同年五月八日逮捕された。

(4) 原告金康治について

原告金康治は、神奈川県警察川崎警察署から昭和六一年一一月一七日から昭和六二年六月一五日までの間に、九回の任意出頭要請を受け、昭和六二年二月一八日と同年二月二四日に任意出頭をして、取調べを受けたが、同年六月二四日逮捕された。

(5) 原告丁基和について

原告丁基和は、昭和六一年一月中旬以降計五回にわたって、広島県警察中央警察署より文書による出頭要請を受けたが、応じなかったため、同年四月一五日逮捕され、同日同署において取調べを受けた後、翌一六日広島地検において取調べを受けた。

(6) 原告金博明について

原告金博明は、三重県警察津警察署から昭和六一年一二月二三日と同月二五日文書により任意出頭要請を受け、同年一二月二七日任意出頭を行い取調べを受けた。

(7) 原告崔久明について

原告崔久明は、昭和六一年一二月二三日及び同月二五日の二回にわたって、三重県警察津警察署より文書による出頭要請を受け、同月二七日同署に任意出頭して取調べに応じた。

(8) 原告金徳煥について

原告金徳煥は、昭和六一年一一月一日自宅に大阪府警察生野警察署員数名の訪問を受け妻が呼出状を受領した。その後、同年一二月五日までの間、計六回にわたって勤務先において呼出状を手渡され、同月八日同署の署員らが原告金徳煥不在の間に再び自宅にやってきて、妻に対し呼出状を手交することがあったが、同月一二日逮捕され、同署及び大阪地検において取調べを受けた。

(9) 原告李敬宰について

原告李敬宰は、昭和六〇年四月一六日から同年五月二五日までの間計五回にわたって自宅に大阪府警察高槻警察署員の訪問を受け、呼出状の交付を受けるととに出頭を要請され、同年六月八日電話にて呼出を受け、同月一二日逮捕され、大阪地検において取調べを受けた。

(10) 原告洪仁成について

原告洪仁成は、昭和六一年一〇月二九日から同年一二月二日までの間、計六回にわたって大阪府警察高槻警察署員の訪問を受け、出頭を要請され、同月一二日逮捕され、同署及び大阪地検において取調べを受けた。

(11) 原告金一文について

原告金一文は、昭和六一年一一月中に大阪府警察八尾警察署より計六回にわたって呼出状の交付を受け、同年一二月四月徐正禹宅において同署署員らの取調べを受けた後、昭和六二年五月一日大阪地方検察庁に出頭して取調べを受けた。

(12) 原告高康浩について

原告高康浩は、昭和六一年四月二五日大阪府警察布施警察署より呼出しを受け、取り調べられ、その後、同年六月一〇日及び同年一〇月二五日と二回にわたって出頭を強要され、取調べを受けることとなった。

(13) 原告徐翠珍について

原告徐翠珍は、昭和六一年一〇月三〇日、自宅に大阪府警西成警察署員の訪問を受け、出頭を要請されて以降、同年一一月一一日から同年一二月三日までの間、計八回にわたって内容証明郵便等により出頭要請を受け、同年一二月一二日午前七時ころ自宅前において、逮捕された。

(一六) 逮捕の違法性

(1) 逮捕の理由の不存在

原告らの内、逮捕された原告ロバート、同李相鎬、同金康治、同丁基和、同金徳煥、同李敬宰、同洪仁成、同徐翠珍の八名に対する嫌疑は、指紋押なつ拒否に基づくものであったが、本件各逮捕当時、外国人登録法の指紋押なつ制度は、憲法一三条、一四条、三一条に違反するか、原告らに適用される限度で憲法に違反しており、B規約七条、二条、二六条違反であることは、客観的に明白であったものであるから、本件各逮捕の逮捕状請求及び右請求に基づく逮捕状による逮捕は逮捕の理由なしに行われたものであり、国家賠償法上違法である。

(2) 逮捕の必要性の不存在

{1} 本件各逮捕当時、指紋不押なつ罪の刑事事件の宣告刑は概ね罰金一万ないし五万円程度であり、本件各逮捕後には、指紋不押なつ罪の刑事事件につき、執行猶予付の罰金刑の言渡がなされており、永住者及び特別永住者については、指紋押なつ制度が全廃されたことからも明らかなように、指紋押なつ罪の罪質は、当時の状況からすれば、違法性、社会的非難の程度も軽微であったものであり、更に、指紋押なつ制度の必要性、合理性がないことも明らかであったのであるから、逮捕の必要性の判断においても、罪証隠滅や逃亡のおそれがないことにつき強い推定が働いているものというべきである。

{2} 原告らが指紋押なつを拒否した事情は、指紋押なつ制度が違憲かつ不当であるとの強い信念に基づくものであったのであり、起訴された場合には、違憲・無罪判決を取りたいと考えていたことから、原告らには、およそ逃亡及び罪証拠隠滅の意思を認めることはできない。

{3} 逃亡のおそれについて

原告らは、基本的に定職をもち、安定した家庭生活、職業生活を送っており、一般に逃亡のおそれが認められるような生活状態にはなく、指紋押なつ拒否の事実を公言していたものであるから、逃亡のおそれが認められなかったものである。

{4} 罪証隠滅のおそれについて

原告らは、指紋不押なつの行為を積極的に社会にアピールしていたものであり、被疑事実について罪証隠滅は全く念頭になかったものである。

警察は、原告らに対する逮捕状請求時までに、外国人登録原票の写や市長作成の照会回答書を入手し、これにより、指紋押なつ拒否の事実、右指紋押なつ拒否がいかなる申請においてなされたものか、押なつ拒否の範囲、拒否が原告らの自らの意思に基づくこと、拒否の態様等が明らかになっていたものであり、原告らの指紋不押なつ罪の事実を立証するに十分な証拠を収集していたものであり、原告らが所持する外国人登録証明書についても、指紋不押なつの直接の証拠である外国人登録原票は各市役所にあり、目撃証人として各市役所の職員という原告らが影響を与えうる立場にない証人がいたものであるから罪証隠滅の余地はなかったものである。

動機や組織的背景という情状に関する事実についても、原告らの支援団体は指紋押なつ制度が違憲・不当であると確信し、指紋押なつ拒否の正当性、指紋押なつ制度の改正及び捜査権行使の違法・不当を訴えていたものであるから、原告らを逃亡させたり罪証を隠滅するような行動を示しておらず、また、考えてもいなかったものである。また、右の情状事実は刑の量定には全く意味がないものであり、罪証隠滅のおそれはなかったものである。

{5} 原告らの不出頭について

原告らが任意出頭の要請を拒否したのは、自らの行為が指紋不押なつ罪に形式的に該当することを認めながらも、外国人登録法が規定する指紋押なつ義務が憲法に違反し、外国人登録法に基づく捜査が違法、不当であると確信していたためであり、警察や検察官も原告らの不出頭の理由を報道等により十分知りうる状況にあったのであるから、原告らの任意出頭要請の拒否には正当な理由があったものである。

右理由が正当な理由といえないとしても、原告らの不出頭の動機からして、原告らには刑事訴訟手続からの逃避性向は認められず、原告らの不出頭をもって、逃亡のおそれないし罪証隠滅のおそれの存在を推定することはできない特段の事情があったというべきである。

(一七) 留置継続の違法性

被告東京都は原告ロバートについて二泊、被告神奈川県は、原告李相鎬及び原告金康治について二泊、被告広島県は原告丁基和について一泊、それぞれ逮捕後に留置を継続しており、右留置の継続は逮捕の違法性の加重事由といえるものである。

(一八) 被告らの責任

(1) 被告国について

被告国は故意又は重大な過失により、前記記載の違法行為を行ったものであり、国家賠償法一条一項により原告らの被った損害を賠償する責任がある。

(2) 被告各都道府県について

被告各都道府県は、その公権力の行使にあたる公務員である司法警察員がその職務を行うについて故意又は重大な過失により、原告らに対し、違法な任意出頭要請及び逮捕、留置を行ったものであり、国家賠償法一条一項により、原告らの被った損害を賠償する責任がある。

(一九) 原告らの損害

原告らは被告らの各不法行為により、重大な人権侵害を被り、名誉感情を侵害され、名誉を毀損され、周囲の信用を失墜する等により、著しい精神的苦痛を被ったものであるから、原告らの精神的苦痛を慰謝するには各金一〇〇万円が相当である。

2 被告国の主張

(一) 憲法一三条違反の主張に対して

(1) みだりに指紋押なつを強要されない自由の制約根拠

憲法一三条がみだりに指紋押なつを強要されない自由ないし権利の保障する趣旨であったとしても、公共の福祉のため必要がある場合には、相当の制限を受けるものである。

指紋は、通常衣服に覆われていない部位である指の体表の紋様であって、人目に触れうるものであり、指紋の形状は人の身体的あるいは精神的特徴とは結びついていないものであるから、指紋を知られること自体によって人が私生活の自由の一内容として秘密にしておきたい個人の私生活の在り方、思想、信条等が知られるものでなく、指紋の押なつは特に肉体的、精神的負担を課すものではない。したがって、国が指紋を採取、保有及び使用することは、正当な行政目的を達成するために必要かつ合理的である限り憲法の許容するところといえる。

(2) 指紋押なつ制度の目的の正当性

およそ国家は、国際慣習法上外国人を受け入れるか否か自由に決定できる権限を有しており、日本国憲法においてもこのことを当然の前提にしているものである。したがって、国は外国人の入国及び在留に関し、管理を行う権限を有するというべきであり、その管理の前提として国に在留する全ての外国人について、その居住関係、身分関係を明確に把握することが必要不可欠であり、外国人登録制度の目的は、この前提を整えることにあることから、外国人登録制度は正当な行政目的を有しているものである。

そして、右行政目的を達成するためには、個人を正確に特定した上で登録し、登録された特定の個人との同一人性を登録上保持し、更に在留する外国人と登録上の外国人との同一人性を確認できるようになっていることが必要であり、指紋押なつ制度は右必要に応えることを目的としている。更に、指紋押なつ制度は、二重登録や他人名義登録等の不正登録を発見、防止し、このことを通して不法入国、不法残留を抑止することをも目的としているのであり、指紋押なつ制度の行政目的は正当なものである。

(3) 外国人の特定と同一人性確認の必要性

平成元年当時においても、不法入国や不法残留したものは多数に及んでいることからすると、適法に在留する外国人と不正に在留する外国人を明確に識別するための確実な手段を講じておく必要がある。

更に外国人は、その氏名、生年月日等の身分事項が我が国にとって不分明なことが多く、一般的に外国人は、我が国での在留期間が短く、地縁・血縁が少ない等、我が国との密着度が乏しいため、同一人性の確認には困難が伴うことから、外国人については日本人と比べ、人物を特定、識別するためのより確実な手段を講じる必要性がある。また、長期間日本に在留している外国人についても、日本との関係は日本人とは基本的に異なるものである以上、右必要性は同じものであるといえる。

(4) 指紋押なつ制度の有効性

指紋は万人不同、終生不変という特性を有し、人物を特定する簡便かつ最も確実な手段である。そして写真や署名、押印、身長等の身体的特徴をもってしても、確実に人物を特定する資料としては、不十分なものであり、他に指紋に代わり人物を特定し、同一人性を確認できる有効適切な手段は考えられない。

更に、指紋押なつ制度があることにより、指紋照合を行い二重登録を容易に発見できるようになり、不正登録が発見される可能性が高いこと自体により、不正登録に対する大きな抑止的効果を及ぼしていることからすると、指紋押なつ制度が不正登録を防止する極めて有効な制度であるといえ、このことが不法入国や不法残留を思いとどまらせる抑止的効力をも有しているものである。

したがって、指紋押なつ制度は正当な行政目的を達するための手段として必要かつ有効な制度といえ、一指についてのみ、その表層にある指紋の押なつを、有形力をもって直接的に強制するのではなく、刑罰をもって間接的に強制しているにすぎない制度であることをも考慮すれば、指紋押なつ制度は、憲法一三条に違反するものではない。

(5) 指紋押なつ制度の目的及び必要性に関する原告らの主張に対して

{1} 指紋押なつ制度が治安管理目的を有するとの主張に対して

現行の指紋押なつ制度は、第二次世界大戦前の満州国における指紋制度を継承した制度ではなく、在留外国人の実体を正確に把握しているとはいえなかった当時の我が国における外国人登録の現状を踏まえ、導入されるに至った制度であり、また、原告らが主張する特高警察等の在日朝鮮人の管理体制は、戦後においては存在しないものであることからして、指紋押なつ制度は、在日朝鮮人等に対する治安政策とは何ら関係のないものである。

また、我が国の外国人登録法及び同法上の指紋押なつ制度は、我が国の国会において独自に審議され制定されたものであるから、指紋押なつ制度は外国人登録の正確性の維持、不正登録の防止等を目的とするものであり、アメリカ合衆国と歩調をあわせ、反共政策の一環として、治安管理目的を有するものとして制定されたものとはいえない。

{2} 民族差別と偏見を存在基盤とする指紋押なつ制度であるとの主張に対して

指紋押なつ制度は、在日朝鮮人のみならず、我が国に在留する外国人に等しく適用されるものであり、外国人に指紋押なつ制度を設けることに合理的根拠がある以上、民族差別に基づくものとはいえず、在日朝鮮人を危険視する偏見に基づく治安政策ともいえない。

{3} 不正登録防止機能について

指紋押なつ制度実施後、指紋押なつ義務のある外国人登録証明書を不正入手した事件は摘発されていないことからして、指紋押なつ制度は、指紋が押なつされている外国人登録証明書の不正入手を防止し、抑止する効果を十分に発揮しているものであり、その有効性は明らかであるから、不正が発見されていないことをもって指紋押なつ制度の必要性がないといえるものではない。

{4} 不法入国・残留防止機能について

指紋押なつ制度は、不法入国者、不法残留者が引き続き残留するため、適法在留者の外国人登録証明書を不正入手し、適法在留者と入れ替わって不正登録すること等を発見、防止することを一次的な目的としており、そのことを通じて、間接的に不法入国、不法残留を防止しようとするものである。

日本人や短期在留者について指紋押なつ制度を課していないとしても、指紋押なつ制度は、外国人が日本人になりすますことを発見・防止することを目的としてはおらず、また、短期在留者については、外国人登録証明書を不正入手して、そのものと入れ替わっても、不正登録する実益はあまりないことから、指紋押なつ義務を課する必要性は少ないものといえ、日本人及び短期残留者に指紋押なつ義務を課していないことが、指紋押なつ制度の必要性を否定することにはならない。

{5} 指紋押なつ照合の形骸化の主張に対して

外国人登録上の指紋は鮮明に押された指紋であり、市区町村窓口において保管してある当該外国人の指紋と窓口に訪れた外国人の指紋とを対比することにより、特別の知識、技能を必要とせずに同一人性を判断することができ、同一人性が疑わしい場合には法務省に照会可能であるから、指紋による同一人性確認が形骸化しているとはいえず、右体制が整備されていることにより不正登録の抑止機能が働いているというべきである。

また、外国人登録証明書の所持人と登録された人物との同一人性に疑義がある場合には、任意の指紋押なつを求め、指紋の照合を行うことが可能であり、外国人登録証明書の所持人に対し、指紋の押なつを強制する手段がないとしても、指紋押なつ制度が現実に機能せず、不要であるということにはならない。

{6} 外国人登録法改正による二回目以降の一律指紋押なつ強要の撤廃について

昭和六二年六月二六日法律第一〇二号外国人登録法の一部改正により指紋押なつ義務を原則として一回限りとしたのは、指紋押なつに心理的負担を訴える外国人の心情等に配慮したことによるものであり、二回目以降も一律に指紋を押なつさせる制度が不必要であると判断したものではない。外国人登録証明書のラミネート化等不正登録等の不正の発見、防止のための技術的、制度的措置の整備を踏まえた上で、総合的、政策的判断によりなされたものであり、右改正により二回目以降も一律に指紋押なつ義務を課していたことが不要であったということにはならない。

{7} 他の同一人性確認の方法の存在について

外国人登録は、日本人における戸籍及び住民票の機能を兼ね備えた公簿としての性格、役割を有し、外国人に対する種々の行政施策や外国人の社会生活等において、人物を特定し、その身分事項等を明らかにするという基礎的かつ広範な要請に応えることが期待されているものであるから、外国人登録制度においては、他の制度に比べ、より確実な同一人性確認の手段である指紋押なつを制度化しておく必要性がある。

更に、外国人は一般に我が国における地縁、血縁関係が薄く、外国人登録上の登録事項の訂正は現在でも年間約一万五〇〇〇件以上あることから、同一人性確認の手段として、写真の他に登録事項を確認するとしても、多くを期待できないものであり、客観的で確度の高い指紋の必要性が認められるものである。

(二) 指紋押なつ制度が憲法一四条に違反するとの主張について

国家は国際慣習法上外国人を受け入れる義務を負うものではなく、特別な条約があるときを除き、外国人を受け入れるか否か、受け入れる場合にいかなる条件を課すかについて自由に決定する権限を有しており、外国人は、憲法上、我が国に入国し在留する権利を保障されていないことから、外国人と我が国との関係は日本人のそれとは基本的に異なっているものである。したがって、外国人の場合は、入国又は在留する資格を有するものであることを個別具体的に確認しなければならず、そのためには確実な同一人性確認の手段が必要であり、外国人については、日本人とは異なり、身分事項が我が国にとって明確でないことが多く、一般に我が国との密着性が低く、同一人性の確認に困難が伴うこと等に鑑みると、在留外国人についてのみ指紋押なつ制度を設けることは合理的な根拠があり、右制度が憲法一四条に反するものとはいえない。

(三) 指紋押なつ制度がB規約二条、二六条に反するとの主張について

前記のとおり、国家が外国人を受け入れるか否か当該国家の自由裁量に任されているものであり、B規約もこの裁量権を容認していると解すべきであるから、前記のとおり合理的必要性を有する指紋押なつ制度がB規約に違反するものとはいえない。

(四) 指紋押なつ制度がB規約七条の「品位を傷つける取扱い」に当たるとの主張に対して

指紋押なつ制度は、外国人登録の正確性を維持するため、同一人性確認の手段として、人の精神的、肉体的な情報を含まない指先の紋様である指紋の押なつを、有形力をもって直接的に強制するのではなく、義務違反者に刑事罰を科することにより間接的に強制するにすぎないものであり、特段の精神的、肉体的負担を負わせるものではない以上、「品位を傷つける取扱い」には該当しない。

(五) 指紋押なつ拒否者について告発の指示及び不利益処分を強化したとの主張に対して

被告国がなした通達は、いずれも法令の規定に基づく外国人登録事務の統一的な取扱いを都道府県及び市区町村に指示したものに過ぎず、外国人登録法により指紋押なつは義務づけられており、その違反が犯罪を構成するものである以上、指紋を押なつしない者にその履行を説得し、指紋押なつを拒否したものに対し、告発をするよう指示した点についても、外国人登録事務を所管する行政機関として当然のことをなしたものにすぎず、不利益処分を強化したものとはいえない。

(六) 外国人登録証明書に「指紋不押なつ」、「押なつ拒否」と記載した処分の違法性について

外国人登録証明書は一定の公務員にのみ提示請求が認められているもの(外国人登録法一三条二項)であるから、外国人登録証明書に「指紋不押なつ」と記載したことをもって、原告らの法違反の事実を公にしたことにはならない。

(七) 大赦の違憲・違法性の主張について

憲法三二条により保障される裁判を受ける権利は、刑事裁判においては、何人も政治部門から独立した公平な裁判所の裁判によるのでなければ刑罰を科せられないという消極的な内容の権利であり、裁判所に対して有罪又は無罪の実体裁判を求める積極的内容を包含するものではないから、原告らが免訴判決により実体裁判を受けることができなくなったとしても、何ら原告らの裁判を受ける権利を侵害するものではない。

更に、本件大赦は、最近の法令の改廃等により存在意義が低下しており、赦免による弊害が比較的少ないもの等の刑事政策的観点から、外国人登録法については昭和六二年法律一〇二号により、以前より外国人登録法の規定により指紋を押なつしたことのある者にかかる指紋不押なつ及び指紋押なつ妨害罪について、改定後は罪とならないこととされたため、事情の変更による裁判の事後変更を実施する意味において、改正前の違反行為を大赦の対象としたものであり、その選定には十分合理性が存在するものであり、恩赦権の濫用にはあたらない。

3 被告東京都の主張

(一) 任意出頭要請について

被告国主張のとおり、指紋押なつ制度は憲法及びB規約に違反するものではないから、指紋不押なつを理由とする任意出頭の要請は、何ら違法ではない。

(二) 逮捕の違法性について

(1) 逮捕の理由について

前記のとおり、外国人登録法の指紋押なつ制度は憲法及びB規約に違反するものではないから、原告ロバートには逮捕の理由はあった。

(2) 逮捕の必要性について

刑事訴訟法一九九条二項但書及び刑事訴訟法規則一四三条の三にそれぞれ「明らかに逮捕の必要がないと認めるとき」は逮捕状の請求を却下しなければならない旨規定していることから、逮捕が許容されるのは、明らかに逃亡のおそれ又は罪証隠滅のおそれが認められる場合ではなく、逃亡のおそれ又は罪証隠滅のおそれがないとはいえない場合にも逮捕は許されるものというべきである。

また、指紋不押なつ罪の法定刑は、「一年以下の懲役若しくは禁錮又は二〇万円以下の罰金」あるいは「懲役又は禁錮及び罰金の併科」とされていたものであり、軽微な犯罪とはいえない。

本件においては、原告ロバートは、住所が一応存在するものの、実際は様々な場所を転々として泊まり歩いていたものであり、原告ロバートに逃亡のおそれがあったことは明白である。

罪証隠滅のおそれについても、原告ロバートの指紋押なつ拒否は、支援団体の強い影響のもと、組織的・計画的に敢行された疑いが濃厚であり、逮捕状請求時には、原告ロバートが指紋押なつを拒否するに至った経緯、具体的状況、動機、共犯者の有無、背後関係等に関する具体的な事実関係は未解明であったことから、罪証隠滅行為が組織的に行われる可能性が強く、出頭を拒否していたことも併せ考えれば、原告ロバートに罪証隠滅のおそれがあったことは明らかである。

したがって、原告ロバートには逃亡のおそれ及び罪証隠滅のおそれが存在し、逮捕の必要性があったものであり、渋谷警察署員らが原告ロバートについて逮捕状を請求し逮捕状に基づき逮捕した行為は適法である。

(三) 留置の必要性について

本件において司法警察員は、捜査により収集した証拠資料を総合勘案して留置の必要性があると判断したものであり、右判断に合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるといえるような事情は何ら認められず、渋谷警察署員らの原告ロバートの留置の判断に違法な点はない。

4 被告神奈川県の主張

(一) 任意出頭の要請及び取調べについて

被告国が主張するとおり、指紋押なつ制度は合憲であり、B規約に違反するものではない。

定住外国人に対して指紋押なつ制度を適用するについても、特別の除外規定が存在しないにもかかわらず、定住外国人のみ外国人登録法の適用が排除されることとすると、在留外国人に一律に指紋押なつを義務付けている規定の趣旨が根本から覆され、構成要件の明確化を要請する罪刑法定主義にも反するものであるから、適用違憲ともいえないものである。

したがって、任意出頭の要請及び取調べに違法はない。

(二) 逮捕の違法性について

(1) 逮捕の理由について

前記のとおり、指紋押なつ制度は、憲法ないしB規約に違反せず、適用違憲でもないことから、逮捕の理由は認められるものである。

(2) 逮捕の必要性について

刑事訴訟法一九九条二項但書、刑事訴訟規則一四三条の三によれば「明らかに逮捕の必要がないとき」以外には逮捕の必要性が認められると規定しており、更に、逮捕の必要性は捜査全体の流れで判断されるべきことであり、捜査の初期の段階に明確に判断することは困難であることからしても、逮捕の必要性は明らかに逃亡のおそれ又は罪証隠滅のおそれが認められる場合に限られず、逃亡のおそれ又は罪証隠滅のおそれがないとはいえない場合にも逮捕の必要性が認められるものである。

また、本件逮捕当時、適法に制定された刑罰法規が存在し、その違反者に対する処罰が行われていたものである以上、指紋押なつ制度の廃止運動やその宣告刑の内容及び本件逮捕後における法令の改正等により逮捕の必要性を論じることはできないものである。

本件逮捕当時、指紋不押なつ罪の法定刑は、一年以下の懲役若しくは禁錮又は二〇万円以下の罰金あるいはこれらの併科とされていたものであり、同罪が軽微の犯罪ということはできない。

(3) 原告李相鎬及び同金康治の逮捕の必要性について

{1} 罪証隠滅のおそれについて

原告李相鎬及び同金康治の各犯行は、いずれも支援団体による組織的かつ計画的に敢行された疑いが極めて濃厚な犯行であるといえ、その組織的背景が殆ど解明されておらず、原告李相鎬及び同金康治が作成した要望書や陳述書においても右組織的背景に触れられていなかったものであるから、逮捕状請求段階では、その点に関する具体的な事実関係の解明はなされていなかったものであり、罪証隠滅の余地があり、組織的あるいは集団的に罪証隠滅がなされる可能性は強かったものである。更に、原告らの支援団体は川崎市に圧力をかけて本件犯行の不告発ないし捜査への非協力を要求していたものであり、原告らが罪証隠滅するおそれは強かったものである。

{2} 逃亡のおそれについて

原告李相鎬及び同金康治は、いずれも合計四回に渡る出頭要請について、いずれも正当な理由なく出頭を拒否したものであり、警察が、原告らの立場に配慮して呼出しを行っていたにもかかわらず、呼出しの連絡を受けた翌日には出頭を拒否する旨の記者会見等を行い、呼出期日当日には指紋押なつ制度に対する抗議活動を行っていたものであるから、原告らには逃亡のおそれが強く推認されたものである。

(三) 留置継続の違法性について

原告李相鎬は、逮捕後の取調べに対し、被疑事実に直接関係する外形的事実以外の質問には一切答えておらず、また原告金康治は、本件犯行の被疑事実を含め、全ての質問に完全黙秘したものであるから、原告両名とも犯行動機、背景、事実経過ないし犯行前後の事情、計画性ないし組織性等に関する事情は全く解明されておらず、これに関する様々な証拠が湮滅されるおそれは全く消滅していなかったものであり、原告らが釈放された場合には、任意出頭が確保されるともいえなかったものであるから、原告らについて留置の必要性が存在したことは明らかである。

5 被告広島県の主張

(一) 原告らに対する任意出頭の要請及び取調べの違法性について

被告国が主張するように、指紋押なつ制度及び指紋不押なつ罪は合憲であるから、原告丁基和に対し、任意出頭を求めて取調べを行うことは刑事訴訟法一九七条、一九八条に基づく適法な行為である。

(二) 逮捕の違法性について

(1) 逮捕の理由について

指紋押なつ制度が適法なものであり、原告丁基和は外国人登録証明書の再交付申請に際し、外国人登録原票等に指紋の押なつをしなかったのであるから、本件逮捕には逮捕の理由があったものである。

(2) 逮捕の必要性について

原告丁基和は正当な理由がないにもかかわらず、不出頭を繰り返していたものであり、支援団体や支援者らと共謀して逃亡するおそれがあった。

更に、原告丁基和の本件指紋押なつ拒否に至った経緯、具体的状況、動機、支援団体の活動状況、共犯者の有無等については不明確な事由があり、右支援団体や支援者らと共謀し証拠湮滅をはかるおそれもあった。

したがって、原告丁基和には逮捕の理由も必要性もあったものであり、逮捕状請求及び逮捕状に基づく本件逮捕も適法なものである。

(三) 留置継続の違法性の主張について

原告丁基和の本件指紋押なつ拒否に至った経緯、具体的状況、動機、支援団体の活動状況、共犯者の有無等について、なお不明確な事由が多く存在していたことからすれば、留置の必要性を判断する上において、合理的根拠が客観的に欠けていたということが明らかであるにもかかわらず、あえて留置を継続したと認めうるような事情はなく、留置の継続も違法ではない。

6 被告大阪府の主張

(一) 任意出頭の要請及び取調べの違法性の主張について

被告国が主張するとおり、外国人登録法の指紋押なつ制度は憲法やB規約に違反するものではなく、原告らに対する任意出頭の要請及び取調べには何ら違法はない。

(二) 逮捕の違法性について

(1) 逮捕の理由について

前記のとおり外国人登録法の指紋押なつ制度は憲法やB規約に違反するものではない以上、本件逮捕につき逮捕の理由は認められるものである。

(2) 逮捕の必要性について

指紋不押なつ罪の法定刑は一年以下の懲役若しくは禁錮又は二〇万円以下の罰金であることから、軽微な犯罪や不必要不合理な刑罰法規といいうるものではなく、また、本件逮捕後の法改正も本件逮捕の必要性に影響を与えるものではない。

{1} 原告金徳煥について

原告金徳煥は、合計七回に渡る呼出しに対し、いずれも正当な理由なく出頭に応じなかったものであり、原告金徳煥の支援団体が度々生野警察署に抗議活動を行っていたことからしても、右支援団体が組織を通じて原告金徳煥を逃亡させる可能性があったものである。

更に、外国人が、自ら所持する外国人登録証明書を破棄隠匿し、証拠湮滅をはかるおそれがあり、指紋不押なつの原因、動機、経緯及び支援団体との関係も明らかにする必要があるところ、その関係で証拠湮滅のおそれがあったものである。

{2} 原告李敬宰について

原告李敬宰は、合計五回に渡る呼出しに対して、いずれも正当な理由なく出頭に応じなかったものであり、原告李敬宰の支援団体が組織を通じて原告李敬宰を逃亡させる可能性があったものである。

更に、外国人が、自ら所持する外国人登録証明書を破棄隠匿し、証拠湮滅をはかるおそれがあり、指紋不押なつの原因、動機、経緯及び支援団体との関係も明らかにする必要があるところ、その関係で証拠湮滅のおそれがあったものである。

{3} 原告洪仁成について

原告洪仁成は合計六回に渡る呼出しに対して、いずれも正当な理由なく出頭に応じなかったものであり、原告洪仁成の支援団体が高槻警察署に抗議活動を行っていることからも、右支援団体が組織を通じて原告洪仁成を逃亡させる可能性があったものである。

更に、外国人が、自ら所持する外国人登録証明書を破棄隠匿し、証拠湮滅をはかるおそれがあり、指紋不押なつの原因、動機、経緯及び支援団体との関係も明らかにする必要があるところ、その関係で証拠湮滅のおそれもあったものである。

{4} 原告徐翠珍について

原告徐翠珍は合計九回に渡る呼出しに対して、いずれも正当な理由なく出頭に応じなかったものであり、原告徐翠珍の居住場所も西成労働文化センター内というものであり、必ずしも安定したものではなく、原告徐翠珍の支援団体が再三西成警察署に抗議活動を行っていることからも、右支援団体が組織を通じて原告徐翠珍を逃亡させる可能性があったものである。

更に、外国人が、自ら所持する外国人登録証明書を破棄隠匿し、証拠湮滅をはかるおそれがあり、指紋不押なつの原因、動機、経緯及び支援団体との関係も明らかにする必要があり、その関係で証拠湮滅のおそれもあったものである。

7 被告北海道の主張

(一) 被告国が主張するとおり、指紋押なつ制度は憲法及びB規約に反するものではない。

仮に現時点で指紋押なつ制度が違憲であるとの評価を得たとしても、北警察署警察官らが、原告韓基徳に対し任意出頭を求めた時点では、各警察官らには指紋押なつ制度が違憲であるとの違法性の認識は全くなかったものである。

(二) また、原告韓基徳は名古屋地方検察庁の出頭要請により出頭したものであり、北警察署員からの出頭要請により出頭したものではない。

8 被告三重県の主張

被告国が主張するとおり、外国人登録法の指紋押なつ制度は憲法及びB規約に反するものではない。

津警察署は、津市役所の担当者らからの事情聴取により、原告崔久明、同金博明の指紋不押なつが外国人登録法一八条一項八号に該当する犯罪事実であると思料されたことから、刑事訴訟法一八九条二項、同法一九八条一項の規定に則り、被疑者として出頭を求め、取調べを行ったものであり、適法なものである。

三  争点

1 指紋押なつ制度が憲法一三条に違反するか否か

2 指紋押なつ制度が憲法一四条、B規約二条、二六条に違反するか否か

3 指紋押なつ制度がB規約七条に違反するか否か

4 指紋押なつ制度が憲法一三条、三一条に違反するか否か

5 指紋押なつ制度が再押なつ者に適用される限りで違憲といえるか

6 指紋押なつ制度が定住外国人に適用される限りで違憲といえるか

7 再入国不許可処分の違法性

8 指紋押なつ強要行為の違法性

9 大赦の違憲・違法性

10 任意出頭要請及び取調べの違法性

11 本件各逮捕の違法性

12 留置継続の違法性

四  証拠《略》

第三  争点に対する判断

一  指紋押なつ制度の変遷について(顕著な事実)

外国人登録における指紋押なつ制度は昭和二七年四月の外国人登録法(同年法律一二五号)の制定により採用され、施行政令により昭和三〇年四月から実施された。

昭和三一年の改正(同年法律九六号)により、一四歳未満の外国人が押なつの対象から外され、登録確認期間がそれまでの二年から三年になり、昭和三三年の改正(同年法律三号)により、在留期間一年未満の外国人の指紋押なつ義務が免除された。

昭和四六年政令一四四号により従前再交付申請の場合は一〇指の押なつ義務が課されていたものが、全ての場合に一指指紋のみの採取となり、昭和五七年の改正(同年法律七五号)により指紋押なつの対象から外される外国人が一六歳未満に引き上げられ、指紋押なつすべき書類の内、指紋原紙が従来の二枚から一枚となり、登録確認期間が三年から五年に延長された。

昭和六〇年政令一二五号により、回転指紋が平面指紋に改められ、昭和六二年の改正(同年法律一〇二号)により、指紋押なつは、原則として最初の一回とされ、押なつすべき書類も外国人登録原票及び外国人登録原紙に限定された。

平成四年の改正(同年法律六六号)により、永住者(入管法別表第二上欄の永住者の在留資格を持つ者)及び特別永住者(日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法に定める特別永住者)については指紋押なつ制度が廃止され、写真、署名、一定の家族事項の登録をもって同一人性を確認することとなった。

二  指紋押なつ制度が憲法一三条に違反するとの主張について

1 みだりに指紋の押なつを強要されない自由の憲法的保障

指紋は、万人不動、終生不変という特性を有し、個人を識別する上で最も確実有効な手段であるから、その情報は個人に関する情報の中でも軽視できないものであり、本来各個人の自由な管理に委ねられるべきものといえ、従来犯罪捜査の手段として重要な役割を果たしており、指紋の押なつを強要されると、指紋を採取された人間は容疑者扱いされた不快感を抱きやすいことを考えると、人は、個人の私生活上の自由の一つとして、みだりに指紋の押なつを強要されない自由を有しているものといえ、右自由は憲法一三条によって保障されているものと解するのが相当である。そして、憲法三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみを対象としているものを除き、外国人固有の法的地位に基づく制約により、その保障の程度に若干の差異が生じる余地があるものの、我が国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであるから、憲法一三条により保障されるみだりに指紋の押なつを強要されない自由の保障もその性質に照らし、我が国に在留する外国人に及ぶものというべきである。

しかしながら、個人の有する右自由も、無制限に保障されているわけではなく、公共の福祉のために必要がある場合には相当の制約を受けることがあることは憲法一三条の規定に照らし明らかである。そこで、指紋押なつ制度が公共の福祉による制約に服し、憲法一三条に違反しないか検討することになるが、右検討に際しては、指紋は、万人不動、終生不変という特徴を有し、同一人性の識別の資料になるものではあるが、通常衣服に覆われていない部分である指先の体表の紋様であって人目に触れうるものであり、何人に対しても秘匿にしておきたいと考えられるような身体的、精神的ないし思想的秘密にかかわるものではなく、指紋から当該個人の人格や思想信念条等に関する事柄が判明することは稀であり、指紋押なつ自体は、容疑者扱いされる不快感等の精神的苦痛を別とすれば肉体的弊害もさほどないといえることから、指紋押なつ制度は、それが正当な行政目的を有し、右目的を達成するために必要かつ合理的なものである限りは憲法一三条に違反しないものというべきである。

したがって、指紋押なつ制度の合憲性を審査する際には、右制度が正当な行政目的を有し、右制度が右目的を達成するために必要かつ合理的であると見られるか否かを基準とすべきものと解される。

この点、原告らは、みだりに指紋押なつを強要されない自由が、精神的自由に属する権利であると主張し、指紋押なつ制度が必要にしてやむをえない最小限度のものかどうかという厳格な合理性の基準ないしは立法目的を達成するより制限的でない他の選びうる代替的手段がないか否かという基準で判断するLRAの基準で審査すべき旨主張する。確かに、採取された指紋により、個人の行動調査を行うことにより、思想信条が暴かれる危険がないわけではないが、右危険は、採取された指紋の使用及び保管における問題であり、右危険をもってみだりに指紋押なつを強要されない自由が直ちに精神的自由に属する権利であるとはいえず、精神的自由に対する制約における審査基準を用いるべきであるとの原告らの主張は採用できない。

2 指紋押なつ制度の目的について

外国人は、憲法上、我が国に入国し在留する権利を当然に保障されているものではなく、我が国は、国際慣習法上外国人を受け入れる義務を負っているものではないから、外国人を受け入れるか否か、また受け入れる場合にいかなる条件を課すかについては自由に決定することができるというべきである。したがって、我が国は憲法上、我が国に在留する外国人に対し、出入国管理行政をはじめ、教育、福祉、医療、徴税等諸般の行政施策を適正に遂行する前提として、右外国人の在留資格、居住地等を正確に把握しておく必要があり、外国人登録制度は、右目的のために設けられているのであるから(外国人登録法一条)、外国人登録制度は正当な行政目的を有するものである。そして、右目的を達成するためには我が国に在留する個々の外国人を正確に特定して登録しておき、在留する個々の外国人が登録されている外国人と同一であることを確認できるようにしておくことが必要であるから、指紋押なつ制度は右必要性を充たすことを目的としているものであり、その行政目的は正当なものであるということができる。

3 指紋押なつ制度の必要性及び合理性について

一般的に在留外国人は、国民に比べ地縁関係や縁戚関係等に基づく我が国社会との密着性に乏しく身分関係や居住関係が明確でない者が多いことからして、外国人登録制度においては、個人を特定し、登録された個人と在留する個々の外国人の同一人性の確認が正確になされる必要があるところ、指紋は万人不動、終生不変という特性があり、個々人を正確に特定し、同一人性を識別する手段としては必要な制度であるといえる。

そして本件における指紋押なつの方法は、原則として左手人差し指のみにつき回転指紋方式によるとされていたものであり、また不押なつ者に対しては刑事罰による間接強制にとどめているものにすぎないこと、更に、指紋が身体外表面の一部に過ぎず指紋採取が直接身体的、精神的ないし思想的な秘密にかかわるものではないことをも考慮すると、指紋押なつ制度は右行政目的を達成するための手段として合理的なものであるというべきである。

4 指紋押なつ制度の目的、必要性、合理性に関する原告らの主張について

(一) 外国人登録法の行政目的が治安目的にあるとの主張について

原告らは、外国人登録法施行以前の歴史的経緯や外国人登録法の制定経過を縷々主張し、外国人登録法が在日朝鮮人に対する民族差別と偏見を存在基盤とし、在日朝鮮人等に対する治安維持目的で制定されたものであるから、治安維持目的によっては指紋押なつ制度が合憲であるとはいえない旨主張する。

しかし、外国人登録法の適用対象が、法文上在日朝鮮人に限られていないことは明らかであり、我が国に在留する全ての外国人に等しく適用されるものであることからして、民族差別や偏見を存在基盤とする制度であるとはいえず、在日朝鮮人に対する治安維持目的が存すると認めることもできない。更に、外国人登録法は我が国の国会において独自に審議されたものであり、他国の制度と同目的で制定されたとは認められず、第二次世界大戦前の制度との関係についても、指紋押なつ制度については、戦後我が国の国会で審議されたものであることからすると、戦前、指紋制度に治安維持目的が存したとしても、戦後の外国人登録法上の指紋押なつ制度にその目的が承継されたとは認められず、他に外国人登録法に治安目的が存すると認めるに足りる証拠はない以上、原告らの主張には理由がない。

(二) 指紋押なつ制度に不正登録等の防止機能がないとの原告らの主張について

《証拠略》によると、外国人登録令施行時代は、当時の混乱した社会情勢のもと、不正登録が多発したが、その後外国人登録法において指紋押なつ制度が導入されたことにより、不正登録が減少したことが認められる。指紋押なつ制度の実施後、指紋の照合によりどの程度不正登録が摘発されたかについては証拠上明らかではないものの、指紋押なつ制度によって各人の指紋が市区町村や法務省に保管され、外国人登録証明書に押なつされた右指紋に基づいて同一人性が確認されることにより不正登録が摘発されることになっているシステム自体により、不正登録等に対する抑止的作用を果たしてきたことは容易に推認でき、更に今日における不法入国者及び不法在留外国人の増加傾向に対し、これらの者が不正登録をなさないために指紋押なつ制度は有効であるものと認められる。

この点、原告らは、不正登録数の減少を根拠に指紋押なつ制度の必要性を否定し、不法入国・不法残留の防止については、不正登録手段を用いない者に対しては指紋押なつ制度が機能しない旨主張するが、指紋押なつ制度が不正登録等に対する抑止的効果を有していることからすると、不正登録数の減少をもって、指紋押なつ制度の必要性が失われたものとは認められず、不法入国・不法残留についても、不正登録等を発見防止することにより、外国人登録証明書を不正入手して不法入国・不法残留しようとしている者に対しては、間接的に防止効果があることは明らかであり、原告らの主張は採用できない。

また、日本人や一年未満の短期在留者に対して、指紋押なつ義務を課していないことについては、指紋押なつ制度が外国人登録における不正登録の防止に目的があり、外国人が日本人になりかわることを防止する目的を有していないこと、一年未満の短期在留者については、長期在留者と比較し、不正登録された場合の弊害が少なく、また、不正登録をする側の利点も少ないことから、不正登録がなされる危険も少ないものと推認され、日本人や一年未満の短期在留者に指紋押なつ義務を課していないとしても、合理的な理由が存するものであり、右事実をもって、指紋押なつ制度の必要性が否定されることとはならない。

(三) 指紋押なつ制度の形骸化により指紋押なつ制度の必要性が消滅したとの主張について

原告らは、外国人登録における同一人性の確認は市区町村において写真を用いて行われており、採取した指紋は利用されておらず、法務省においても確認年度における指紋原紙との照合、指紋原紙についての換置分類も行われていないことからして、指紋押なつ制度の必要性が消滅した旨主張する。

確かに、《証拠略》によると、法務省は昭和四五年以降換置分類作業を中止していること、法務省入国管理局長が、五・一四通達で「市区町村窓口における指紋照合の慣行について」と題して一項を設けて市区町村長に対し指紋を肉眼によって照合し、同一人性の確認につとめるように指示していること、法務省入国管理局登録課指紋係の職員が減少し、指紋の鑑識技術を有する専門家がいなくなっていること、法務省に対する指紋原紙の送付が中止されていたこと、従来、多くの市区町村窓口で外国人登録証明書の確認交付の際指紋の照合が行われていなかったこと等の事実が認められる。

しかし、外国人登録における指紋の押なつは、鮮明になされるものであり、鮮明に押なつされた二個の指紋を比較対照することにより、肉眼でも同一人性の確認は可能であり、換置分類が中止された後においても、法務省に対する照会により個別的に新旧の指紋を照合することは可能であり、専門的知識を有する者がいないとしても、専門的知識を有する機関等に委託することによりその識別は可能であること等からすると、窓口における指紋照合が十分になされていないことや換置分類が中止されたこと、指紋原紙送付が中止されていたことがあることをもってしても指紋押なつ制度の必要性が消滅したということはできない。

(四) 外国人の指紋を強制する手段がないことについて

原告らは、外国人登録証明書の提示を求めた際、右外国人登録証明書の所持人に指紋の押なつを強制する手段がないことから、外国人登録証明書に表示された指紋は所持人との同一人性の確認の為に必要ではない旨主張するが、所持人の指紋については、任意に押なつしてもらうことは可能であるから、強制手段がないことのみをもって、所持人との同一人性の確認に必要でないと認めることはできない。

(五) 外国人登録法の改正による二回目以降の一律指紋押なつ強要の撤廃について

原告らは一律再押なつ制度が廃止されたことをもって指紋押なつ制度の必要性が失われた旨主張する。

しかし、右法改正は現行制度のもとにおいての指紋押なつに関する在留外国人の心理的負担の軽減を考慮し、外国人登録の正確を損なわない範囲で指紋による同一人性の確認制度をあえて緩和し、人物の同一人性に疑いがあって指紋により人物の同一人性を確認する必要があると認められる場合等には再押なつさせるという規定を設けることにより、外国人登録の正確性を維持しようとしたものであるから、基本的には指紋による同一人性確認の方法を重視しつつ、あえて右制度を緩和したものにすぎないことからすると、一律押なつ制度が廃止されたことのみをもって、指紋押なつ制度が不必要であるとはいえず、一律再押なつ制度についても不必要であったとまで認めることはできない。

(六) 他の手段の存在について

原告らは、写真や登録事項の照合により同一人性の確認は可能であり、写真の問題点についても、ラミネート加工等により防止できる旨主張する。

確かに写真によれば、簡易迅速に個人の同一人性を識別できる利点はあるが、人の容貌は髪型、年齢、健康状態等の変化によって変わりうるものであり、近時は美容整形技術の発達により容姿が激変する例もある。更に、写真撮影の方法によっても顔形の見え方が異なり、近親者等類似する顔形の人物が存在する可能性もあり、見る者の主観により同一人性の判断に差異が生じる可能性があることをも考慮すると写真による同一人性の判定には不確実な点が入りうることは避けられないものといえ、更に、ラミネート加工等を施したとしても、写真の貼りかえの余地が存することをも考慮すると、写真をもってしては、同一人性の判別の手段として確実な手段であるとはいえない。一方、指紋に基づく同一人性の識別は、指紋が万人不動、終生不変という特性を有していることから、客観的に確実に同一人性を識別することができ、写真のような貼り替え等の偽装工作も著しく困難であることをも考慮すると、写真のみでなく、指紋も併用することにより、同一人性の判断の正確性を確保できるものといえ、写真や登録事項の照合により同一人性の判断が可能であるから、指紋押なつ制度が不要であるとの原告らの主張は採用できない。

以上のとおり指紋押なつ制度は正当な行政目的を有し、右目的を達成するために必要かつ合理的な制度であるから、指紋押なつ制度は憲法一三条に違反するとの原告らの主張は理由がない。《証拠判断略》

三  指紋押なつ制度が憲法一四条、B規約二条、二六条に違反するとの原告らの主張について

1 国民の居住関係や身分関係を明確にすることを目的とする住民基本台帳法及び戸籍法において指紋押なつ制度が採用されていないのに対し、在留外国人については同じく居住関係や身分関係を明確にするため外国人登録法において指紋押なつ制度が採用され、在留外国人が指紋の押なつを強要されない自由について国民と異なる扱いを受けていることは明らかである。そこで憲法一四条一項の全ての国民は法の下に平等であるとする規定に反しないかについて検討するに、憲法一四条の趣旨は特段の事情の認められない限り外国人に対しても類推適用されるものと解されるが、各人には事実関係上の差異が存するものであることから、問題とされる不均等が一般社会通念上合理的な根拠に基づき必要と認められるものである場合にはこれをもって憲法一四条の法の下の平等の原則に反するものとはいえないというべきである。

日本国民は国籍を有することにより我が国に入国し在留する当然の権利を有するのに対し、外国人の場合は入国又は在留する資格を有しなければ我が国に在留することはできないのであるから、我が国の構成員である国民とそうでない在留外国人との間にはその地位に基本的な差異があるものといえ、右差異を前提にすると在留外国人の場合には、氏名、生年月日及びその他の身分事項が我が国にとって明確でないことが多く、更に、我が国への密着度が一般的に少なく、同一人性の確認に困難が生じるおそれがあることから指紋押なつ制度を設け、同一人性の確認を確実にすることは十分合理性のあるものといえ一般社会通念上合理的な根拠に基づく必要なものと認めることができる。したがって、外国人登録法一四条、一八条一項八号の規定は、憲法一四条、B規約二条、二六条に違反するものではない。

2 定住外国人を別異に扱うべき原告らの主張について

原告らは長期間日本に在留している定住外国人については別異に扱うべき旨主張する。

しかし、いわゆる定住外国人であっても、我が国との関係でその地位が国民と基本的に異なるものであることは、他の外国人と変わりはなく、また、いかなる者を定住外国人としてその余の外国人居住者と区別して扱うかについては国内の諸般の事情を考慮して、立法府が行う合理的裁量に委ねられるべきものであり、定住外国人といえども、我が国会社との密着度においても国民と異なるものである以上、いわゆる定住外国人とその余の外国人を区別せずに一律に指紋押なつ制度を採用している外国人登録法が、立法府の裁量をこえ合理的根拠に基づかずに差別的取扱いをしているものと認めることはできない。

証人田中宏、同萩原重夫が供述するように、指紋押なつ制度が定住外国人、特に在日韓国人らに対し被差別意識を強める結果となり、これらの者に対する差別意識をも助長する結果となったことを否定できないとしても、右制度がこれらの者のみを対象とした不合理な差別的取扱いであるということはできない。右両証人の証言中以上の認定に反する部分は採用できない。

四  指紋押なつ制度のB規約七条の「品位を傷つける取扱い」への該当性について

憲法九八条二項は「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」と規定しており、我が国においては、条約は批准、交付により、国法の一形式として特段の立法措置を待つまでもなく国内法として効力を有し、条約は一般の法律に優位する効力を有するものと解される。

そしてB規約はその内容に鑑みると、国民の権利義務に直接関わるものであり、国内での直接適用が可能であると解されることから、自動執行力を有し、法律に優位する効力を有しているものである。

しかし、B規約上の権利も公共の福祉による制限を受けるものであることからすると、たとえ指紋押なつ制度が「品位を傷つける取扱い」に当たる余地があったとしても、前記のように公共の福祉による相当な制限であることからして、B規約に反するものとは認められない。

五  憲法一三条、同三一条違反の主張に対して

《証拠略》によると外国人登録原票に押された指紋について、従来、一部の地方自治体において警察からの照会に安易に応じていた傾向があった事実は認められるものの、指紋押なつ制度の目的は前記認定のとおり在日外国人の把握にあり、犯罪捜査の資料収集が目的ではないことからすると、従来の市区町村における扱いにおいて不適切と思われる点が存したことのみをもって指紋押なつ制度が憲法一三条、三一条に違反するものと認めることはできない。

六  一律再押なつ制度の廃止の主張について

原告らは一律再押なつ制度が廃止されたことをもって再押なつ制度の必要性がなく、指紋押なつ制度は、再押なつ対象者に適用される限りで違憲である旨主張する。

しかし、前記のとおり、一律再押なつ制度の必要性自体は、法改正によっても否定されるものではないことからすると、一律再押なつ制度の必要性は認められるものであり、再押なつ者に適用される限りで違憲であるとも認められない。

七  定住外国人に適用する限りで指紋押なつ制度が違憲であるとの主張について

原告らは、定住外国人に対して指紋押なつ制度を強要する外国人登録法は違憲である旨主張する。

確かに、いわゆる定住外国人については、我が国との密着性が高い者もいるが、密着性の程度は、個々の在留外国人により異なり、いかなるものを定住外国人として扱うかの判断は困難を伴うものであることからすると、いかなる者に対して指紋押なつ義務を免除するのが適当かについては、立法府の合理的裁量に委ねられていると解するのが相当であり、定住外国人に対して指紋押なつ制度を適用したとしても違憲であるとはいえない。

八  再入国不許可処分の違法性について

1 在日外国人の海外渡航の自由について

憲法二二条二項に規定する外国へ移住する自由には、日本国民が一時的に海外渡航する自由すなわち海外旅行の自由をも含むとも解され、この自由には出国の自由とともに帰国の自由も含まれている。

在留外国人の場合には、国家は、特別の条約がない限り、外国人の入国を許可する義務を負うものではなく、国際慣習法上、外国人の入国の拒否は当該国家の自由裁量により決定しうるものであり、在留外国人には、我が国への帰国つまり再入国することは権利として保障されているとはいえない。

そして、日本国民にとって海外旅行は海外渡航と祖国への帰国となることに対し、あくまで在留外国人にとっては外国である日本への再入国にすぎず、在留外国人と日本国民との間には、本質的な差異があることから、在留日本人には、性質上、再入国の自由が保障されないものである。

2 B規約一二条四項による再入国の自由について

B規約一二条四項は「何人も、自国に戻る権利を恣意的に奪われない」と規定しており、前記のとおり、B規約は国内法としての効力を有すると解される。

そこで「自国」の意義が問題となるが、条約の解釈にあたっては昭和五六年八月一日発効のウィーン条約が存し、同条約は遡及効をもたないものではあるがB規約の解釈の指針となるものと解され、同条三一条一項に「条約は、文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする。」と規定されていることから、右規定を参考に「自国」の意義を解釈すると、「自国」とは、B規約一二条二項の「すべてのものは、いずれの国(自国を含む。)からも自由に離れることができる。」との規定における「自国」が「国籍国」を指すことが明らかであることからしても、「国籍国」を指すものと解釈すべきである。

この点、原告らは、国連における審議経過を縷々主張し「自国」とは「定住国」をも含む旨主張するが、「定住国」を指すものであれば、明確に「定住国」との表現を用いてしかるべきであることをも考慮すると、原告らの主張を採用することはできない。

3 再入国拒否処分の裁量範囲と違法性の判断基準

入管法の規定内容及び再入国許可処分の手続の構造等からすると、入管法は再入国許可処分について、法務大臣に当該外国人の経歴・性行・在留中の状況・海外渡航の目的・必要性等極めて広範な審査をしてその許否を決定させようとしているものであり、入管法二六条一項が法務大臣の再入国許可の判断基準を特に定めていないことからして、再入国許可申請の許否の判断を法務大臣の広範な裁量に委ねる趣旨であると解される。

しかし、永住許可を受け日本に長期間在留している者については、一応生活の本拠は日本にあるものであり、親族訪問等で祖国へ出国する行為も、個人の精神活動の一環として重視すべきものであるから、法務大臣の裁量にも一定の制約があり、合理的理由なくして再入国を不許可にした場合には、裁量権の濫用にあたるものと解される。

4 本件処分の裁量権濫用の有無

本件においては、法務大臣は、原告丁基和の指紋押なつ拒否を理由に、原告丁基和の再入国許可申請を不許可にしたものであり、原告丁基和が指紋押なつを拒否した事実自体は認められる。

そして、原告丁基和は、外国人に対する行政施策の基礎となる外国人登録制度を遵守しなかったものであり、外国人登録制度は、出入国管理とも密接不可分に関連することからすると、原告丁基和が外国人登録法上の指紋押なつをなさなかったことを理由に再入国を不許可としたとしても相当な理由があるといえ、社会通念上著しく妥当性を欠くものとはいえない。したがって、原告丁基和に対する本件再入国不許可処分には裁量権の濫用はなく何ら違法な点を認めることはできない。

九  指紋押なつ強要行為の違法性について

前記認定のとおり、指紋押なつ制度は憲法及びB規約に反しないものである以上、法務大臣が通達に基づいて指紋押なつを徹底するよう市区町村の職員に指導したとしても、右指導は、行政機関として当然のことをなしたものにすぎない。原告らは指紋押なつ強要行為の違法性を主張するところ、右違法行為がいかなる公務員の違法行為を主張するものであるかは明確ではないが、仮に、外国人登録業務を扱う主務大臣である法務大臣の違法行為を主張するものであるとしても違法であるとはいえず、また告発の指示についても刑事訴訟法二三九条二項に従い職務上当然の行為をなす旨指示したに過ぎないものであるから、何ら違法な行為と認めることはできない。

一〇  外国人登録証明書に「指紋不押なつ」と記載した行為の違法性について

外国人登録証明書は、出入国審査官等の一定の公務員にしか提示義務が認められていないものであり(外国人登録法一三条二項)、外国人登録証明書に「指紋不押なつ」と記載したとしても、原告らの指紋不押なつ罪の事実を一般に公開したことにはならないことから、右記載は何ら違法なものとは認められず、外国人登録済証明書に「確認未了」と記載した点についても、外国人登録済証明書は一般に公開されることを予定されているものではないことからして、「確認未了」と記載したとしても、原告らの指紋不押なつ罪の事実を一般公開したことにはならず、何ら違法な点は認められない。

一一  大赦の違法性について

本件恩赦は、昭和天皇の崩御を契機として実施されたものであるが、本件大赦の対象となった外国人登録法については、昭和六二年法律一〇二号により、以前に外国人登録法の規定により指紋を押なつしたことのある者に係る指紋不押なつ及び指紋押なつ妨害罪については、改正後、罪とならないこととなったため、事情の変更による裁判の事後変更を実施する意味で、改正前の違反行為を大赦の対象としたものと認められ、刑の変更があったことを理由に指紋不押なつ罪が本件大赦の対象となったことからすると、その選択には刑事政策としての十分な合理性が認められ、大赦権を濫用したものとは認められない。この点、原告らは、本件大赦が指紋押なつ制度の存続を目的にしたものであったと主張するが、原告らの主張を裏付ける証拠は何ら存しない以上、原告らの主張は採用できない。

また、原告らは本件大赦により裁判を受ける権利を害された旨主張するが、憲法三二条が保障する裁判を受ける権利には、裁判所に対して有罪又は無罪の実体裁判を求めうる積極的内容をも包含するものとは認められないから、本件大赦により原告らの裁判を受ける権利が侵害されたものと認めることはできず、検察官の免訴判決を求めた行為についても何ら違法な点を認めることはできない。

一二  任意出頭要請及び取調べの違法性について

前記認定のとおり指紋押なつ制度が憲法及びB規約に違反しないものである以上、原告らに対する任意出頭要請及び任意出頭後の取調べは、刑事訴訟法一九七条及び同一九八条に基づく行為であり、適法な行為である以上、何ら違法性は認められない。

本項までの認定、説示によれば、公務員の故意、過失の点について判断するまでもなく、原告らの被告国に対する請求、原告韓基徳の被告北海道に対する請求、原告金博明、同崔久明の被告三重県に対する請求及び原告金一文、同高康浩の被告大阪府に対する請求は、いずれも理由がない。

一三  逮捕の違法性について

1 逮捕の違法性の判断基準

(一) 司法警察職員が裁判官に対して逮捕状の請求をなし、発付された逮捕状に基づいて逮捕する場合であっても、逮捕をなす司法警察職員が、逮捕時において、捜査により収集した資料を総合勘案して、罪を犯したことを疑うに足りる相当の理由及び逮捕の必要性を判断する上において、合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらず、あえて逮捕したと認め得るような事情がある場合には、右逮捕について国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものと解するのが相当である。

(二) 昭和六二年法律一〇二号による改正前の指紋不押なつ罪の法定刑は、一年以下の懲役若しくは禁錮又は二〇万円以下の罰金あるいはこれらの併科とされていたものであり(同法一八条一項八号、二項)、昭和五七年ないし昭和六一年頃、宣告のあった指紋不押なつ罪被告事件の宣告刑は概ね罰金一万円ないし五万円であったことが認められる(顕著な事実)。

更に、本件逮捕後、指紋の再押なつ制度が原則として廃止され、再押なつ時の不押なつは結果として刑罰の対象から外されたこと等に鑑みると、指紋不押なつ罪に対する社会的非難の程度は軽微であったと認められ、逮捕の違法性の判断にあたっては、右の点をも考慮して判断するのが相当である。

2 留置継続の違法性の判断基準

司法警察員による被疑者の留置については、司法警察員が留置時において、捜査により収集した証拠資料を総合勘案して刑訴法二〇三条一項所定の留置の必要性を判断する上において、合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらず、あえて留置したと認めうるような事情がある場合に限り、右の留置について国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものと解するのが相当である。

そして、右にいう留置の必要性は犯罪の嫌疑の他、「逃亡のおそれ」又は「罪証隠滅のおそれ」等からなるものである。

3 以上を前提に各原告らの逮捕の理由及び逮捕の必要性及び留置継続の必要性について当該司法警察員が逮捕をなす際に、合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらず、あえて逮捕したと認めうるような事情の有無について検討する。

4 逮捕の理由について

前記争いのない事実に記載のとおり、原告らは指紋不押なつ罪に該当する行為を行っていることは明らかであり、かつ前記認定のとおり、指紋押なつ制度は憲法及びB規約に違反するものではないことから、指紋不押なつ罪の嫌疑があったものであり、逮捕の理由は客観的に存在していたものと認められる。

5 逮捕の必要性について

(一) 原告ロバートについて

(1) 逮捕に至る事実経過

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

{1} 原告ロバートは、昭和一九年八月二一日にアメリカ合衆国で出生し、アメリカ合衆国の国籍を有しており、アメリカ合衆国には両親兄弟が定住していた。

昭和三九年ヴァージニア大学を中退した後、昭和四〇年パリ大学に入学し、昭和四一年同大学を卒業と同時に国際キリスト教大学に入学し、昭和四四年同大学を卒業し、昭和四七年オックスフォード大学研究生となり、昭和五〇年モントリオール大学の社会人類学の修士課程に入学した。昭和五三年同課程を卒業し同大学博士課程に入学し、昭和五五年にモントリオール大学博士課程を修了して、東京大学外国人研究生となった。

本件逮捕当時、原告ロバートは、日本人である石田祥子(以下、「石田」という。)の配偶者の資格で在留していた。石田は東京都渋谷区《番地略》サニーハウス松山一〇一号に居住し、原告ロバートと別居しており、原告ロバートの外国人登録証明書の居住地は東京都渋谷区《番地略》第一白藤荘と登録されていた。

本件逮捕当時、原告ロバートはアジア財団翻訳サービスセンターに勤務していたが、正規の職員ではなく、時給金五〇〇〇円で、一週間に最低一六時間働けばよいという労働条件であった。

本件逮捕当時、原告ロバートの外国人登録証明書上の居住地は前記第一白藤荘であったが、渋谷警察署は捜査により原告ロバートが度々樋ケ守男方に行っていることを確認していた。原告ロバートは千葉県成田市の樋ケ守男方を三里塚問題の研究所として借り、一週間に最低二日は右樋ケ守男方に宿泊しており、時折三里塚の友人宅で泊まることもあった。また、昭和六一年一一月一三日から同月一七日の間は、ハンガーストライキを行い、渋谷区山手教会のマンションにある住民広場に宿泊していた。

{2} 原告ロバートは、昭和五五年に日本に来たとき初めて指紋を押なつしたが、その時の体験とその後に見聞する指紋押なつ制度に関する諸事情から指紋押なつに疑問を抱くにようになり、昭和六〇年三月一九日に指紋押なつを拒否した。

{3} 昭和六一年二月一七日に東京都渋谷区役所から指紋押なつ拒否をした外国人がいるとの情報が渋谷警察署に寄せられ、同署は渋谷区役所より居住地を確認し、捜査を開始した。

同年九月か一〇月頃、渋谷警察署は、東京都港区南麻布五丁目二番三二号第三二興和ビルの中にあるアジア財団に電話をし、原告ロバートの所在の確認を行っていた。

渋谷警察署は同年二月二一日、同年六月七日及び同月二一日に渋谷区長に捜査関係事項照会書を提出し、同区長は同年八月四日に原告ロバートの外国人登録証明書交付申請登録事項確認申請書の写、外国人登録原票の写を添付し、昭和六〇年三月一九日の確認申請の手続きに際しては、外国人登録原票、指紋原紙及び外国人登録証明書への指紋押なつがなく、現在もない旨の回答をした。

渋谷警察署は昭和六一年一一月五日及び同月一〇日に渋谷区長に捜査関係事項照会書を提出し、同区長は同年一二月一二日に原告ロバートの外国人登録原票の写を添付した回答をした。

渋谷警察署は同月一七日、原告ロバートがハンガーストライキ決行中にたすきをかけて、日比谷公園内噴水前広場において開催された「反外登法運動関東連絡協議会」主催の抗議集会に参加していることを確認しており、同日付で、同署宛に、原告ロバートに対する捜査中止の申入書が「原発いらない! 市民の会とその仲間」という団体から提出され、同年一一月二〇日付で、同署宛に、原告ロバートの捜査中止と指紋押なつ制度への意見を述べた要請書が「外登法と闘う渋谷の会」という団体から提出された。

同年一一月二五日、原告ロバートは渋谷勤労福祉会館において開催された「外登法と闘う渋谷の会」主催による「外登法改悪に対する11・25渋谷区民集会、デモ」に参加しており、渋谷警察署は右事実を確認していた。同日、右集会の参加者らは同署に対しても抗議活動を行った。

原告ロバートらは、同年一一月二四日に報道関係者に対し、記者会見の案内文を提出して記者会見を行い、同月二八日神奈川新聞に原告ロバートらが任意出頭を求められており、それに抗議している旨の記事が掲載された。

渋谷区長にも同年一二月九日、原告ロバートの指紋押なつ拒否について、警察に対して慎重な対応をすることを求める要望書が「外登法と闘う渋谷の会」から提出された。

渋谷警察署は、昭和六一年一二月一三日に法務省入国管理局登録課登録課長に捜査関係事項照会書を提出し、同登録課長は同日、原告ロバートが指紋押なつ拒否をしたときの状況が記載された指紋押なつ拒否報告書の写、外国人登録証明書交付報告書の写、指紋原紙の写、外国人登録写票の写、外国人登録出入国記録調査書の写を添付した回答をした。

{4} この間、渋谷警察署では、原告ロバートから事情を聴取することとし、以下のとおり呼出しを行った。

<1> 昭和六一年一一月四日午前八時三七分頃、渋谷警察署員らが東京都渋谷区《番地略》サニーハウス松山一〇一号を訪れたが、原告ロバートが不在であったため、石田に対し、日時を同月七日午前一一時、場所を渋谷警察署とした呼出状を交付したが、石田からは別居中で住所を知らないとの返答を得、呼出状の受領を拒否された。

<2> 同月五日午前七時四二分頃、渋谷警察署員らが千葉県成田市の樋ケ守男方を訪れ、原告ロバートに対し、日時を同月七日午前一一時、場所を渋谷警察署とした呼出状を交付し、原告ロバートは右呼出状を受領した。同署の署員らは、原告ロバートから、渋谷区役所へ行く約束があり、出頭できないと思うとの返答を得た。

<3> 同月一〇日午前八時四三分頃、渋谷警察署員らが外国人登録証明書上変更された原告ロバートの居住地である渋谷区《番地略》第一白藤荘五号室を訪れ、原告ロバートに対し玄関を数回ノックし呼び掛けたが、不在であったため帰ってきた。

<4> 同月一〇日午前九時五分頃、渋谷警察署員らが石田の転居先である東京都目黒区《番地略》パラスト目黒四〇三号を訪れ、石田に対し、原告ロバートに日時を同月一三日午前一一時場所を渋谷警察署とした呼出状を交付し、同署の署員らが原告ロバートに対し出頭するよう伝えてほしいと要請したところ、石田から原告ロバートと連絡がとれれば出頭要請を伝えるとの返答を得たが、呼出状の受領は拒否された。

<5> 同月一〇日午後六時二〇分頃及び午後七時二五分頃の二回及び同月一一日午前七時三三分頃及び午後六時三〇分頃の二回の合計四回、千葉県成田署員らが樋ケ守男方を訪れ、原告ロバートに対し、玄関を数回ノックし呼び掛けたが不在であったため帰ってきた。

<6> 同月一一日午後八時頃、同月一五日午後五時頃及び同月一七日午前七時三〇分頃、渋谷警察署の署員らが第一白藤荘五号室を訪れ、同日午前七時頃及び同日午後五時頃、同月一八日午前六時三〇分頃及び同日午後五時頃、千葉県成田署員らが樋ケ守男方を訪れ、同日午前九時五〇分頃渋谷警察署員らが第一白藤荘五号室を訪れ、同月二五日午前六時三〇分頃千葉県成田署員らが樋ケ守男方を訪れ、原告ロバートに対し玄関を数回ノックし呼び掛けたがいずれも原告ロバートが不在であったため帰ってきた。

<7> 同月二六日午前八時四四分頃、渋谷警察署員らが第一白藤荘を訪れ、原告ロバートに玄関ドア越しに対応し、日時を同月二九日午前一〇時、場所を渋谷警察署とした呼出状をドアポストに投函して交付した。

<8> 同年一二月一日午前八時一五分頃、同日午後〇時三〇分頃及び同日午後五時三〇分頃、同月二日午前八時三〇分頃、同日午後一時頃及び同日午後六時三〇分頃、同月三日午前九時五〇分頃及び同日午後一一時五〇分頃、渋谷警察署員らが第一白藤荘五号室を訪れ、同月一日午前七時三〇分頃同月三日午後三時頃右千葉県成田署員らが樋ケ守男方を訪れ、玄関ドアを数回ノックし、呼び掛けたがいずれも不在であったため帰ってきた。

<9> 同月三日午後四時二八分頃、三田警察署員らが三田警察署内で留置中の被疑者に差し入れに来た原告ロバートに、日時を同月六日午前一〇時、場所を渋谷警察署とした呼出状を口頭示達したところ、原告ロバートは過去二回文書で呼出しを受けた旨を返答をした。

<10> 同月四日午前八時一五分頃、同日午後〇時三〇分頃、同日午後五時三〇分、同月八日午前八時三五分頃、同日午後〇時三〇分頃、同日午後五時三〇分頃、同月九日午前九時一〇分頃、同日午後一時五分頃、同日午後七時頃、同月一〇日午前九時頃、同日午後〇時三六分頃、同日午後五時五四分頃、同日午後一〇時五分頃、渋谷警察署員らが第一白藤荘五号室を訪れ玄関ドアを数回ノックし呼び掛けたがいずれも原告ロバートが不在であったため帰ってきた。

<11> 渋谷警察署及び千葉県成田署では原告ロバートが所在すると思われる箇所を二四日間計四〇回以上訪れ、その内の二回しか原告ロバートに呼出状を交付できず、原告ロバートは右呼出期日にいずれも出頭しなかった。

{5} 渋谷警察署は昭和六一年一二月一五日に逮捕状の発付を得た後も三日間にわたり、原告ロバートの居住、立ち回り先等を捜査したがその所在は確認できず、同年一二月一八日午後一時三〇分頃、アジア財団の職場に赴き原告ロバートに対し任意出頭に応じるよう説得した上、原告ロバートがどうしてもというなら逮捕してくれと答えたので原告ロバートに逮捕状を示し、通常逮捕した。渋谷警察署は同月一八日、原告ロバートの外国人登録証明書を差押え、コピーした。

同月一八日及び同月一九日、渋谷警察署において同署員が氏名、出生地、指紋押なつ拒否の理由等の質問したところ、原告ロバートは質問自体認めませんと申し立て、署名押なつのない供述調書が二通作成された。同月二〇日、原告ロバートは東京地方検察庁に身柄を送致され取調べに対し、原告ロバートが指紋押なつを拒否した事実だけ認め、その理由や拒否の状況には答えず、供述調書が作成されたが、署名のみなし押印は拒否し、その後、夜になって釈放された。

(2) 本件逮捕の違法性について

前記認定のとおり、原告ロバートは配偶者の資格で在留していたものであるが、本件逮捕当時、配偶者であった石田とは別居していたものであり、更に、外国人登録上の居住地以外である千葉県成田市に週に二日以上宿泊し、時折、三里塚の友人宅に宿泊していたこともあり、更には、山手教会のマンション内にも宿泊していたものであり、職業としても一週間に最低一六時間働けばよいというアルバイト的なものであることからすると、居住状況及び職業の観点から、逃亡のおそれが認められるような生活状態にあったものと認められる。

更に、原告ロバートは、渋谷警察署ないし千葉県成田署が再三に渡り原告ロバートの立ち寄り先を訪問しているにもかかわらず、その殆どが不在の状態であり、呼出状を交付できた時にも、その期日に出頭しなかったものであることからして、原告ロバートについては客観的に逃亡のおそれがあったものと認められ、渋谷警察署としては、原告ロバートについて、合理的根拠に基づいて、裁判官に対して逮捕状の請求をなし、発付された逮捕状に基づいて逮捕したものと認められることから、渋谷警察署の原告ロバートの逮捕行為については、その余の点を判断するまでもなく、何ら違法な点は認められない。

この点原告ロバートは、原告ロバートが、留置中の被疑者に差し入れにいったり、デモ等に参加し警察の前に姿を現しており、渋谷署員は原告ロバートの行動を把握していたことから逃亡のおそれは認められない旨主張するが、原告ロバートは前記認定のとおり所在を転々としていたものであることからすると、原告ロバートが警察が把握し得ない場所に逃亡するおそれは多分にあったものと言わざるをえず、原告ロバートの主張事実をもってしても原告ロバートの逃亡のおそれを否定することはできない。

(3) 留置継続の違法性について

前記認定のとおり、原告ロバートについては逮捕の必要性が認められるところ、逮捕後の取調べにおいても原告ロバートは逮捕された一八日、一九日の渋谷警察署における取調において、同署の署員の質問自体を認めないとの申立を行っていたものであり、翌二〇日、東京地方検察庁における取調において、指紋押なつを拒否した事実だけ認めたものであることからすると、今だ留置時において捜査により収集した証拠資料に鑑みて、刑事訴訟法二〇三条一項所定の留置の必要性を判断しても、合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらず、あえて留置したと認めうるような事情があるとは認められず、原告ロバートの留置の継続について何ら違法な点は認められない。

(二) 原告李相鎬について

(1) 逮捕に至る事実経過

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

{1} 原告李相鎬は昭和三一年九月一日北九州市小倉北区で出生し、同区内で成育したいわゆる在日韓国人であり、昭和六〇年五月八日逮捕当時、「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」(昭和四〇年条約二八条)及び「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理法特別法」(昭和四〇年法律一四六号)に基づく日本国における永住資格(以下、「協定永住資格」という。)を取得していた。

原告李相鎬は昭和五〇年福岡県立小倉高等学校を卒業し、昭和五二年東京の明治大学政治経済学部に入学し、昭和五六年同大学を卒業した。その後、昭和五二年からボランティア活動をしていた社会福祉法人青丘社に昭和五六年四月に就職した。昭和五八年に現在の妻李聖玉と結婚し、逮捕当時は一歳三か月の長男がおり、親子三人で川崎市川崎区《番地略》に在住していたが、妻は妊娠七か月の状態であった。本件逮捕当時も社会福祉法人青丘社の主事として会計を担当する傍ら、ソーシャルワーカーとして働き、在日韓国・朝鮮人のために活動していた。

{2} 原告李相鎬は昭和五七年八月七日川崎区役所田島支所において、外国人登録法一一条第一項に基づく確認申請をするに際し、外国人登録原票、外国人登録証明書及び指紋原紙に指紋の押なつをしなかった。

この時、原告李相鎬は指紋押なつを拒否する旨を事前に周囲に話していたため、社会福祉法人青丘社の代表李仁夏他約一〇名が、原告李相鎬に同行した。原告李相鎬は、指紋押なつ拒否の意向を告げたあと、用意していた指紋押なつ拒否の理由と告発しないよう求めた要望書を読み上げて拒否の動機を明らかにした。同時に、日本キリスト教協議会在日外国人の人権委員会委員長徳永五郎及び在日大韓基督協会総会在日韓国人問題研究所所長李仁夏も原告李相鎬を告発しないこと及び外国人登録法の指紋押なつ義務や常時携帯の廃止を求めることを記載した要望書を用意していたので、同支所市民課長はこの三通の要望書を受け取った。

{3} 原告李相鎬に対する逮捕状請求時までに、川崎臨港警察署は、昭和六〇年一月三一日法務省入国管理局登録課登録課長に対し、捜査関係事項照会書を提出し、同年二月六日同登録課長より外国人登録原票の写、外国人登録写票の写、外国人登録記録調査書の写を添付した回答書を得、同年二月七日同署は川崎区長に、捜査関係事項照会書を提出し、同年二月二三日、右区長より、捜査関係事項照会書の回答書、登録事項確認申請書の写、昭和五九年八月七日提出の要望書三通の写を添付した回答書を得、昭和六〇年二月二七日同署は区長に捜査関係事項照会書を提出し、同年三月一日、右区長は外国人登録原票の写を添付して回答をした。同年二月二七日、同署は右登録課長に捜査関係事項照会書を提出し、同年三月九日、右登録課長は、外国人登録調査書及び原告李相鎬が指紋押なつを拒否したときの状況が記載された指紋押なつ拒否報告書を添付して回答をした。

{4} この間、同署では、原告李相鎬から、事情を聴取することとし、以下のとおり呼出しを行った。

<1> 昭和六〇年三月四日午前八時四六分頃、川崎臨港警察署の署員らが原告李相鎬方を訪れ、原告李相鎬に対し、日時を昭和六〇年三月七日又は同月八日午後一時、場所を川崎臨港警察署とした呼出状を交付しようとしたが、原告李相鎬は、不在のため原告李相鎬の妻に理由を説明し交付した。原告李相鎬の妻は原告李相鎬は帰宅が遅いが分かりましたとの返答をした。翌日同署員が原告李相鎬に架電し、呼出状の確認をしたところ、「分かっている、仕事が忙しい」と答えた。

同月七日には、サンケイ川崎版及び神奈川新聞に同署が原告李相鎬に出頭要請をした旨の記事が、翌八日には川崎読売に原告李相鎬が、同日市議会を傍聴していた記事が掲載され、同署も右記事を入手していた。

呼出期日であった同月七日、原告李相鎬は川崎市議会を傍聴しており、翌八日は社会福祉法人青丘社に出勤していた。同署は、右事実を確認していた。

<2> 同月一八日午前九時七分頃、同署員らが原告李相鎬方を訪れ、原告李相鎬に対し、日時を同月二五日又は二六日午後一時、場所を川崎臨港警察署とした呼出状を交付しようとしたが、原告李相鎬が不在のため、原告李相鎬の妻は、呼出状を受け取り、分かりましたとの返答をした。

その後、同月二三日原告李相鎬から同署に二五日、二六日は忙しいので出頭できない旨の電話連絡があった。

同月一九日に読売新聞、毎日新聞、東京新聞及び神奈川新聞に同署が原告李相鎬に再び出頭を要請した旨の記事が掲載され、同署は、同月二五日には右各新聞の記事を入手していた。

呼出期日当日である同月二六日、原告李相鎬は社会福祉法人青丘社に出勤しており、同署では、右事実を確認していた。同月二八日午後二時頃、青山学院大学助教授関田寛雄、神奈川大学経済学部教授梶村秀樹他二名が同署を訪れ、原告李相鎬への強制捜査が不当である旨の申入書を提出しようとしたところ、同署の署員は受け取らなかったため、右関田らは申入書を読み上げ、更に、同署の柳川署長宛に配達証明付速達で郵送し、翌二九日到達した。

<3> 同年四月四日午前八時四八分頃、同署員らが原告李相鎬を訪れ、原告李相鎬に対し、日時を同月八日から一二日までの間の午後一時、場所を川崎臨港警察署とした呼出状を直接原告李相鎬に交付したところ、原告李相鎬は、分かりました。四月は忙しいとの返答をしたので、伊藤らが土日でもかまわないからと言い述べると、原告李相鎬は「はい」と返事をしながら「四月は忙しい」と繰り返し返答した。

同月五日には三回目の出頭要請が原告李相鎬にあった旨の記事が毎日新聞、神奈川新聞及び東京新聞に掲載され、同署は、八日までに右記事を入手していた。同月一一日午前九時三〇分頃、同署に原告李相鎬から、原告李相鎬が指紋押なつを拒否したこと及びその理由、更に、原告李相鎬の任意出頭要請に関する同署への質問を記載した質問書及び右呼出期日に出頭できない旨の文書が配達証明付速達で郵送された。

同月一二日には朝日新聞及び東京新聞に原告李相鎬が捜査当局に右質問書を送った旨の記事が掲載され、同署は右記事を入手し、原告李相鎬が同月二日に記者会見を行い、市長室を訪ねていたことを確認した。

同月一七日午前一〇時頃、同署に日本基督教団事務局総幹事中嶋正昭から原告李相鎬の右質問書への回答を求める要望書及び質問書が速達で郵送された。

同月一九日には毎日新聞、朝日新聞、読売新聞及び東京新聞に神奈川県高等学校教職員組合等が川崎市長に対し、任意捜査に応じない旨の要望書を提出した記事が掲載され、同署は、右各記事を入手していた。

同月一八日、同署宛に横浜の指紋押なつ拒否者を支える会から、同月一九日には、在日韓国朝鮮人の人権を保障させる会から、それぞれ同月一一日に送付した質問書への回答の要求、原告李相鎬への任意出頭要請は不当である旨の電報が配達された。

<4> 同年四月二七日午前八時五二分頃、同署員らが原告李相鎬方を訪れ、日時を同年五月一日又は二日午後一時、場所を川崎臨港警察署とした呼出状を原告李相鎬に交付したところ、原告李相鎬は「私の質問の方はどうなったのでしょうか、私に関する資料はだいたい入手したそうじゃないですか、今更私から何を聞きたいんでしょうか」と返答した。

同年四月三〇日午後〇時五一分頃、同署に原告李相鎬から呼出期日に出頭できない旨の電話連絡があり、呼出期日当日、原告李相鎬は出頭しなかった。

同年四月二八日、原告李相鎬の第四回目の出頭要請の記事が朝日新聞、毎日新聞、神奈川新聞及び東京新聞に掲載された、同署は右各記事を入手していた。

{5} 同署の署員は、原告李相鎬が正当な理由がなく、任意出頭に応ぜず、外国人登録証明書を破棄するおそれがあり、また、多数の支援組織があり、逃亡のおそれがあるとし、原告李相鎬を逮捕することとし、逮捕状に基づき同年五月八日午前九時一〇分に原告李相鎬を逮捕した。原告李相鎬は川崎市の告発がないにもかかわらず逮捕されたことに抗議し、警察でハンガーストライキを行った。同月八日、九日、自らの出生地と指紋押なつを拒否した事実を認める内容の供述調書が各一通作成されたが、原告李相鎬はその余の質問には答えず、供述調書への署名はなしたが押なつは拒否した。原告李相鎬は、同月一〇日横浜地方検察庁に送致され、指紋押なつを拒否した状況について記載された供述調書が一通作成され、署名のみなし、押印はなされなかった。同日、原告李相鎬は釈放された。

(2) 逮捕の違法性について

原告李相鎬は、自らの信念に基づいて指紋押なつ拒否を行っていたもので、指紋押なつ拒否の事実を公言していた。原告李相鎬は、本件逮捕当時、妻と幼い子供と居住していて、更に妻は妊娠七か月の状態であり、更に、社会福祉法人青丘社の主事として定職に就いていたものであるから、原告李相鎬に逃亡及び罪証隠滅の意思を認めることはできず、そのおそれは客観的になかったものと認められる。

そして、同署は、原告李相鎬の外国人登録写票の写、外国人登録原票の写や原告李相鎬が川崎市に提出していた要望書を入手していたものであり、これらの証拠により原告李相鎬の指紋押なつ拒否の事実及びその理由、拒否時の状況等は明らかになっていたものと認められることから、逮捕の必要性を判断する上において合理的根拠が客観的に欠如しているということが明らかであるにもかかわらずあえて逮捕したと認めうるような事情があるというべきであり、原告李相鎬の逮捕は国家賠償法一条一項の適用上違法といえ、また同署の署員には過失があるものと認められる。

この点、被告神奈川県は組織的背景の事実に関して罪証隠滅のおそれがあった旨主張するが、原告李相鎬の指紋不押なつが原告李相鎬の信念に基づくものであることからすると、組織的背景に関して罪証隠滅のおそれがあったとは認められず、かつその点については同署の署員も認識していたものといえることから、この点についての被告神奈川県の主張は理由がない。

外国人登録証明書の破棄の可能性については、抽象的にはその余地はあったとしても、原告李相鎬は自らの信念に基づいて指紋押なつを拒否していることからして、客観的に外国人登録証明書を破棄するおそれがあったとは認められない。また被告神奈川県は拒否者を支える会において多数の在日韓国人、朝鮮人が外国人登録証明書を破り捨てたことを根拠に原告李相鎬にもその危険性があったと主張するが、他人の行為をもって原告李相鎬の罪証隠滅のおそれとすることはできないものと解される。

原告李相鎬が同署からの度重なる呼出しに対して出頭しなかった点についても、原告李相鎬は自らの信念に基づいて出頭しなかったものと認められ、原告李相鎬には刑事訴訟手続への逃避行性を伺うことはできず、不出頭をもって逃亡のおそれ及び罪証隠滅のおそれの存在を推定することができない特段の事情があるというべきである。

(三) 金康治について

(1) 逮捕に至る事実経過

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

{1} 原告金康治は昭和三八年九月五日愛知県岡崎市で出生した在日韓国人三世で、本件逮捕当時、一般永住資格を有していた。原告金康治は、昭和五七年三月愛知県立蟹江高等学校を卒業後、昭和五八年四月早稲田大学第二文学部に入学した。昭和六一年には学生の身分のまま同大学教育学部の職員となり、昭和六二年春には同大学を卒業する予定であった。

原告金康治は右大学入学後、朝鮮文化研究会、韓国文化研究会などに参加して、民族差別撤廃運動に参加した。

原告金康治は昭和六〇年四月一一日、東京都新宿区《番地略》から川崎市川崎区《番地略》伊幸荘に転入し、居住変更登録手続も済ませていた。その後、昭和六二年五月一一日に同区《番地略》所在のイーストクラウン(野田荘)に移転したが、居住地変更登録手続は済ませていた。

右野田荘は立退予定の建物であり、一階に六戸、二階に六戸の居室が存在したが、原告金康治は野田荘を管理する会社から家が荒れると資産価値が下がるので管理人として住んでほしいといわれ、一階に荷物を分散して六部屋を全て原告金康治が使用し、二階に他の人が居住していた状況であった。原告金康治は本件逮捕当時、独身であり、右野田荘に一人で居住していたが、原告金康治の支援者数名が出入りしている状況であった。

{2} 第一回目の指紋押なつ拒否

原告金康治は昭和六〇年五月一五日、川崎区役所において、外国人登録証明書を転居の際に紛失したことを理由として外国人登録法七条一項に基づく再交付申請をするに際し、外国人登録原票、外国人登録証明書及び指紋原紙に指紋を押なつしなかった。

同年五月一七日に神奈川県警察川崎警察署は、同年五月一五日付の東京新聞夕刊により原告金康治の指紋押なつ拒否を認知した。その後同年八月二八日に同署は川崎の指紋押なつ拒否者を支える会が編集し、同人の指紋押なつ拒否の動機が記載された同月二五日発行の「炎は烈火へ」と題する資料を入手した。

同署では、右端緒に基づき、原告金康治の住所、職業等を捜査し、確認した。そして、昭和六一年七月二四日に川崎区長に対し、捜査関係事項照会書を提出し、同区長は同年一〇月二三日付で外国人登録証明書の再交付申請書の写、外国人登録原票の写を添付して回答した。また同署は同年一〇月二七日には法務省入国管理局登録課長に対し捜査関係事項照会書を提出し、同登録課長は同年一一月六日付で外国人登録写票の写、原告金康治の指紋押なつ拒否の状況を記載した指紋押なつ拒否報告書の写、外国人登録原票、外国人登録証明書、指紋原紙に指紋不押なつと記載された指紋原紙の写を添付して回答した。右回答の中には右照会にかかる文書の他、外国人登録記録調査書及び外国人登録証明書交付報告書も含まれていた。これらによって、同署は、原告金康治の指紋押なつ拒否の事実について、裏付け確認をした。

同年一二月一日、原告金康治は弁護士を通じ、転居の際に外国人登録証明書を紛失したこと、指紋押なつを拒否したこと、拒否の理由を明らかにした陳述書を同署に提出した。

同年一二月六日、午後一時から午後二時三〇分までの間、捜査中の警察官が原告金康治の通学している早稲田大学構内において、指紋押なつ制度に抗議し、原告金康治を支援する団体のビラを入手した。

同年一二月一〇日付で同署宛に川崎指紋拒否者相談センターより指紋押なつ拒否者への対処のあり方についての要望書が配達証明書付郵便で送られ、翌一一日午後四時頃、同署に到達した。

同月一三日、原告金康治の支援者らが、同署に原告金康治の出頭要請の中止を求め、その後記者会見をなし、同月一四日、同署からの指紋押なつについての出頭要請に対する抗議の記事が東京新聞及び神奈川新聞に掲載された。

昭和六二年一月一四日、同署宛に原告金康治の逮捕状請求をしない旨及び請求した場合の要望を記載した弁護士三野研太郎作成の手紙と、原告金康治の卒業試験の予定と右試験終了後右弁護士が原告金康治を責任をもって出頭させる旨の上申書が郵送された。

同月二一日、川崎警察署員沢田勇二(以下、「沢田」という。)に弁護士三野研太郎から電話があった際に、沢田は原告金康治の試験中の出頭要請及び捜査について考慮するが、右同月一四日作成の上申書には具体的出頭日時の記載がされていない旨答えると、弁護士三野研太郎は早急に原告金康治に連絡をとり決めるとの返答をした。

この間、川崎警察署では、原告金康治から事情を聴取することとし、以下のとおり、呼出しを行った。

<1> 昭和六一年一一月一七日午前一〇時六分、沢田らは原告金康治の居住する伊幸荘を訪れたが、不在だったため、翌一八日午前七時四三分から同時四五分の間、沢田らが、右原告金康治宅を訪れ、日時を同月二一日午前九時、場所を川崎警察署とした呼出状を直接原告金康治に交付し、原告金康治は、分かりました、アルバイトの都合をみて、出頭しますとの返答をした。同月二〇日午後九時一〇分、原告金康治から大学の卒論が忙しいので出頭できないとの電話連絡があったため、同署の警察官がいつなら来れるかと尋ねたところ、原告金康治は来年の四月位なら行ける旨の回答をした。

右呼出期日当日、原告金康治は同署に出頭しなかった。

<2> 同月二五日午前八時五六分から午前九時の間に、沢田らが原告金康治宅を訪れ、日時を同月二九日午前九時、場所を川崎警察署とした呼出状を直接原告金康治本人に交付し、原告金康治は今卒論で忙しいのでいけないとの返答をした。

右呼出期日当日、原告金康治は同署に出頭しなかった。

<3> 同年一二月一日午前一一時二五分、同日午後六時一〇分、沢田らが原告金康治宅を訪ねたが不在のため、翌二日午前七時三一分から同時三五分の間に沢田らが原告金康治宅を訪れ、日時を同年一二月五日午前九時、場所を川崎警察署とした呼出状を原告金康治本人に交付したところ、原告金康治は「昨日渡した陳述書をもって送検してもらって結構です、私は逃げ隠れするつもりはありません」との返答をした。

呼出期日当日の午後九時三六分頃、原告金康治は同署に卒論が忙しくて今日の出頭予定日に行かれなかったとの電話連絡をし、原告金康治は同署に出頭しなかった。

<4> 同月八日午前七時四六分から午前七時五〇分の間、沢田らが原告金康治宅を訪れ、日時を同月一二日午後三時、場所を川崎警察署とした呼出状を原告金康治本人に交付したところ、原告金康治は「陳述書で送検してほしい、出頭する意思はない、五回六回と呼出状が来たら真剣に考えます」との回答をした。

右呼出期日当日、原告金康治は同署に出頭しなかった。

<5> 昭和六二年一月一二日午前七時三五分から午前七時四〇分の間、沢田らが原告金康治宅を訪れ、日時昭和六二年一月一四日午前九時、場所を川崎警察署とした呼出状を直接原告金康治本人に交付したところ、原告金康治は「前向きに検討します」との回答をした。

右呼出期日当日、原告金康治は同署に出頭しなかったことから、沢田は原告金康治に呼出期日当日の午前一〇時三四分から午前一一時四分の間に電話連絡したところ、原告金康治は「外国人登録法は悪法であり出頭する必要がないと考えている、陳述書をもって送検して下さい」との返答をした。同署の警察官は、原告金康治が右の呼出期日に出頭しなかったため、原告金康治の支援集会の状況について調べたところ、原告金康治が昭和六二年一月一六日午後〇時五分から同時三五分の間早稲田大学構内において「指紋押なつ拒否者在日朝鮮人の逮捕を許さないぞ。一・一六緊急集会」と題した集会に参加していることを確認した。

同署の署員が再三出頭要請をしたところ、弁護士三野研太郎から、原告金康治に連絡をとり出頭させる旨の電話連絡があり、原告金康治は、同年二月一八日午後五時四六分、同署に弁護士藤村耕造、同森田明、青丘社主事原千代子、大学の同級生と称する男性二人計五名を伴い出頭し、同署脇路上にて新聞社の取材を受けた後、午後五時五〇分から午後六時二五分まで取調べを受けたが、原告金康治は、今まで待ってくれたのならどうして待つといってくれないのか、試験や卒論が提出できなかったこと等を同署の署員に対して述べて、感情的になったことから取調べは行われず、原告金康治が翌一九日、同署に対し、電話連絡してきたため、翌二〇日、川崎警察署は原告金康治の在宅を確かめ訪問し、直接原告金康治に同月二五日の呼出しについて確認をとり、改めて同月二五日取調べを行うこととした。

同月二五日、原告金康治は同署に出頭し、同署の署員の質問に対しては、黙秘を通し、供述調書への署名、指印も拒否した。

その後、同年三月二日、同署は右事件を横浜地方検察庁に送致した。

{3} 第二回目の指紋押なつ拒否

原告金康治は昭和六二年三月一一日、川崎区役所において、昨日まであった外国人登録証明書が今朝見たらなくなっていたとの理由で外国人登録法七条一項に基づく再交付申請をするに際し、外国人登録原票、外国人登録証明書及び指紋原紙に指紋の押なつをしなかった。

川崎警察署は昭和六二年三月一二日付の読売新聞により原告金康治の指紋押なつ拒否を認知した。

同署では、右端緒に基づき、昭和六二年三月一三日に同区長に対し、捜査関係事項照会書を提出し、同区長は同月一九日、外国人登録再交付申請書の写、外国人登録原票、外国人登録証明書及び指紋原紙に指紋が押なつされていない旨の記載がなされた外国人登録原票の写の回答をした。また同年四月三日には法務省入国管理局登録課長に対し、捜査関係事項照会書を提出し、同登録課長は同月二一日、原告金康治の指紋押なつ拒否の状況を記載した指紋押なつ拒否報告書の写、指紋原紙の写、外国人登録写票の写、外国人登録出入国記録調査書の写の回答をした。

これらによって、同署は、原告金康治の指紋押なつ拒否の事実の確認をした。

この間、川崎警察署では、原告金康治から事情を聴取することとし、以下のとおり、呼出しを行った。

<1> 昭和六二年五月二六日午前七時五〇分から同時七時五二分の間、沢田らが、原告金康治が移転した川崎市川崎区《番地略》所在の野田荘を訪れ、日時を同月二九日午前九時、場所を川崎警察署とした呼出状を直接原告金康治に交付したところ、原告金康治は、分かりました、行くかどうかはまた連絡しますとの返答をした。

呼出期日の午前一一時四四分から午前一一時四五分の間、同署に原告金康治から出頭の意思がない旨の電話連絡があり、原告金康治は同署に出頭しなかった。

<2> 同年六月一日午前七時四六分から午前七時四八分までの間、沢田らが原告金康治の右野田荘を訪れ、日時を昭和六二年六月四日午前九時、場所を川崎警察署とした呼出状を原告金康治本人に直接交付したところ、原告金康治は、分かりましたとの返答をした。

呼出期日当日、午後四時三五分から四時三七分の間、同署に原告金康治から出頭の必要性はないと考えている旨の電話連絡があり、原告金康治は同署に出頭しなかった。

<3> 同年六月八日午前七時四八分から午前七時五〇分までの間、沢田らが原告金康治が居住するイーストクラウンを訪れ、日時を同月一二日、場所を川崎警察署とした呼出状を原告金康治本人に直接交付したところ、原告金康治は、たぶん出頭できないでしょうとの返答をした。

呼出期日当日、午後四時四五分から四時四六分の間、同署に原告金康治から出頭する必要はないと考えている旨の電話連絡があり、原告金康治は同署に出頭しなかった。

<4> 同年六月一五日午前七時四七分から午前七時四九分までの間、沢田らが原告金康治の居住するイーストクラウンを訪れ、日時を同月一八日、場所を川崎警察署とした呼出状を原告金康治本人に直接交付したところ、原告金康治から、分かりましたとの返答を得たが、その時アパートから六名(女性一人)の若者が呼出状をビデオで撮影していた。

右呼出期日当日、原告金康治は同署に出頭しなかった。

同年六月二三日、沢田は川崎簡易裁判所に対し、原告金康治の逮捕状と捜索すべき物とし、外国人登録証明書、手帳、ビラ、メモ類等とする捜索差押許可状を請求し、即日発付を受けた。

横浜地方検察庁では、同日、川崎市の職員である滝洋男から事情を聞き、右滝から、原告金康治が昨日まで携帯していた外国人登録証明書が再交付申請時の朝見たら紛失していたことを理由に再交付申請をなしたことを確認し、調書に記載した。

{4} 翌二四日朝、原告金康治は出勤する途中の川崎駅の前で逮捕され、同日川崎警察署において同署の沢田が原告金康治の本籍、住所、出身地、指紋押なつ拒否の理由や動機についての質問をしたが黙秘を通し、署名押印のなされない供述調書が一通作成され、同月二五日、横浜地方検察庁において、原告金康治の所持していた外国人登録証明書のコピーを作成し、同月二六日、同庁において、指紋押なつ拒否の理由、同署での暴力的な行為等を記載した供述調書が二通作成され、署名指印をなした後、同日釈放された。

(2) 逮捕の違法性について

前記認定事実によれば、原告金康治は、わずか二年足らずの間に、二度に渡り外国人登録証明書の再交付申請をなしているものである。そして、その理由も、一回目は転居の際に紛失したというものであるものの、外国人登録証明書は常時携帯が義務付けられており、在留外国人の身分を証明する重要な書類であることからすると、転居の際といえども紛失する可能性が高いとは思われず、紛失の経過については疑問があるということができる。二回目の再交付申請の理由も、昨日まで有していた外国人登録証明書を当日の朝いきなり紛失していたというものであり、その説明に合理性があるとはいえない。

とすると、原告金康治については、外国人登録証明書について、短期間に二度も首肯できない理由で紛失したと申し述べていることからして、故意に外国人登録証明書を破棄したのではないかと疑われる事情が存したものといわざるを得ず、客観的に外国人登録証明書について罪証隠滅のおそれがあったものと認められ、川崎警察署としても原告金康治が外国人登録証明書の再交付申請の理由を確認していたのであるから、同署の原告金康治の逮捕については、合理根拠に基づいて逮捕したものと認められることから、同署の逮捕行為については何ら違法な点は認められない。

この点、原告金康治は、外国人登録証明書については、同署が逮捕するまでに入手していた証拠で十分裏付けがとれていた旨主張するが、前記認定事実によると、同署が入手していた証拠は、あくまで外国人登録証明書への指紋不押なつ罪については間接的な証拠に過ぎないものであり、右罪を立証する最良証拠は当該外国人が所持する外国人登録証明書そのものであることは明らかであるから、原告金康治の主張は採用することはできない。

原告金康治は、外国人登録証明書が必要であれば、呼出状を交付する際提示を求めればよかった旨の主張もするが、原告金康治が任意の提出に応じるとは限らず、かえって、前記認定の事実からすると、任意の提示を求めたことを契機に外国人登録証明書を破棄される危険性も存したものである以上、同署に任意の提出を促すよう求めることはできないものと言うべきである。

(3) 留置継続の違法性について

前記認定のとおり、原告金康治には外国人登録証明書について罪証隠滅のおそれがあったと認められることから、原告金康治の外国人登録証明書を差し押さえるまでは、留置継続の必要があることは認められる。

しかし、原告金康治は、民族差別撤廃運動に参加し、自らの指紋押なつ拒否について記者会見を行っていたものであり、川崎警察署に対しても、指紋押なつ拒否の事実を認め、その拒否の理由を明らかにした陳述書を送付し、更には川崎警察署に一回目の指紋押なつ拒否に対しては出頭しており、外国人登録証明書の居住地の変更も行っていることからすると、原告金康治は、自らの信念に基づいて拒否していたものであると認められるとともに、逃亡及び罪証隠滅の意思はなかったものと認められる。

そして、同署では、原告金康治から前記認定の陳述書を受け取るとともに、原告金康治らの指紋押なつ拒否運動に関する資料も入手し、更に原告金康治の外国人登録原票の写、指紋原紙の写等を入手しており、原告金康治の支援集会等についても確認していたものであること、更には指紋不押なつ罪に対する社会的非難の程度が比較的軽微でその宣告刑も低いものであったことを当然認識していたものと認められることからすると、同署として、原告金康治の外国人登録証明書の証拠の保全を図る以外に、原告金康治を留置しておく必要があると認められる合理的根拠が存在したものとは認められない。したがって、原告金康治について外国人登録証明書の差押をし、原告金康治の弁解を聞いた後も留置を継続したことについては、合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらずあえて留置を継続したものと認められるような事情があるものといえ、同署の職員の行為は国家賠償法一条一項の適用上違法であり、かつ同署の職員には過失があったものと認められる。

この点、被告神奈川県は、組織的背景に関する罪証を隠滅するおそれがあった旨主張するが、警察が入手していた証拠によっても原告金康治が自らの信念に基づいて指紋不押なつ罪を犯していることは十分認識できたものであることからすると、組織的背景について罪証を隠滅する必要はなく、その意思も有していなかったことは明らかであり、警察も原告金康治の意思は十分認識し得たものと認められることから、被告神奈川県の主張には理由がない。

(四) 原告丁基和について

(1) 逮捕に至る事実経過

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

{1} 原告丁基和は、昭和三四年三月一五日広島市《番地略》で出生した在日韓国人二世であり、本件逮捕当時、協定永住資格を取得していた。

原告丁基和は、「原爆スラム街」と呼ばれた同市《番地略》(広島市内に区制ができたことにより広島市《番地略》に変更)に高校三年の時まで居住し、その後同市《番地略》に家族共々転居したが、外国人登録証明書上の居住地は、市営アパートの入居権を確保するため、変更していなかった。

原告丁基和は、昭和五二年地元の私立崇徳高等学校を卒業後、東京にある東海大学工学部に入学し、昭和五六年同大学を卒業した。その後、父の経営する店舗付き住宅である「大島塗装店」に勤務する傍ら、昭和五七年より韓国民団傘下の韓国青年会広島県地方本部組織部長を二年間務め、さらに昭和五九年三月には同会長に就任し、二期四年務め、同時に昭和六〇年六月からは韓国民団広島県地方本部国際部次長に就任し、兼務していた。右就任後は大島塗装店の手伝を辞め、韓国青年会広島県地方本部組織会長兼韓国民団広島県地方本部国際部次長の専従職となった。

{2} 昭和五九年二月韓国青年会中央大会において、在日韓国・朝鮮人の差別撤底・権利擁護に向け、同年から外国人登録法の問題に的を絞って運動していくことが確認され、以来原告丁基和は、会員に対する啓蒙活動、世論を喚起するための署名活動、「全国縦断自転車隊」活動等の取組を行ってきた。ところが、そうするうちに会員の中から、「間違った制度に則った行動はとれない」として指紋押なつを拒否する者が現れるようになり、会員らを指導している自分自身はどうするのかという問題が突き付けられ、原告丁基和はやはり自分も押せないという気持ちになっていった。そこで韓国青年会としては指紋拒否を方針化できないので、それとは別個に「外登法改正闘争委員会」という組織を作り、指紋押なつ拒否者を支援していくこととした。

{3} 世界人権デーである昭和五九年一二月一〇日、原告丁基和は同行者五、六名、報道関係者二、三名を伴い、広島市中区役所に行き、表紙だけで、中身がなく、その表紙もさほど古くなっていない外国人登録証明書を提出し、外国人登録証明書の劣化が著しく、中身を紛失したことを理由に、外国人登録法七条一項に基づく外国人登録証明書の再交付申請をし、その際、外国人登録原票、指紋原紙及び外国人登録証明書に指紋の押なつをしなかった。

同区役所の職員は、同日原告丁基和に対し、押なつ拒否ということで、「一応交付するが、市からの呼出しには応じること」を条件に、指紋欄空白のままの外国人登録証明書を交付した。

同月一七日、区役所の職員は、原告丁基和に架電して、原告丁基和の来庁を求めたところ、同月二二日、原告丁基和が同行者四名を伴い来庁したので、区長らより指紋を押すよう説得を続けたが、原告丁基和はこれに応じなかったので、外国人登録証明書を提出させて、指紋事項欄に「不押なつ」と記入した上で返却した。

同区役所は、昭和六〇年一月八日午後五時頃、職員二名を原告丁基和方に赴かせて原告丁基和に対し指紋を押なつするよう説得し、また同月二三日午後四時五〇分頃原告丁基和に架電して同様の説得を行い、更に同月二八日午前一一時二〇分頃、職員二名を再び原告丁基和方に赴かせて催告書を交付したが功を奏さなかったので、同年二月二日、「昭和六〇年二月七日までに指紋押なつに応じるよう催告します。なお、応じない場合は警察へ告発することになります。その結果、罰せられることもあることを申し添えます。」と記載された催告書を勤務先に原告丁基和宛で郵送した。

同区役所は、その後も原告丁基和に対し、電話により指紋を押なつするよう何度も要請した。

{4} 原告丁基和は、同年五月二〇日、広島入国管理局に対し、再入国許可申請を行ったが、同管理局は原告丁基和が指紋押なつを拒否していることを理由に、同月二四日、右申請を不許可にした。

また同管理局は、昭和六一年及び昭和六二年の二度にわたり、原告丁基和の再入国許可申請を受理しなかった。

{5} 原告丁基和に対する逮捕状請求時までに、広島中央警察署では、昭和六〇年一〇月一日広島市中区長に捜査関係事項照会書を提出し、右区長は同年一一月一九日、外国人登録証明書申請書登録事項確認申請書の写、指紋押なつ拒否の理由書の写、外国人登録原票の写を添付して回答し、同年一〇月二六日、同署は、法務省入国管理局登録課長に捜査関係事項照会書を提出し、同登録課長は同年一一月一四日、外国人登録原票の写、外国人登録出入国記録調査書の写、同区役所から広島県知事宛の原告丁基和の指紋押なつ拒否状況を詳細に記載した指紋押なつ拒否報告書の写及び指紋原紙の写を添付した回答をした。

更に、同署では、同年一一月二〇日に広島市で職員である筆本憲から、翌二一日には同市の職員である西田貞允から、原告丁基和の指紋押なつ拒否の状況について事情を聞き、供述調書を作成していた。

{6} 原告丁基和は右広島中央警察署員三宅弘(以下、「三宅」という。)とは、本件での捜査が始まる以前から知り合いであり、原告丁基和から、外国人登録証明書上の居住地ではなく、広島市西区福島町一丁目三番一三号に居住していることについて相談されたところ、三宅はアパートの権利があるのであればそのままおいておいた方がいいということを原告丁基和に言い、原告丁基和は登録上の居住地を変更しなかった。

同署も本件逮捕以前に、原告丁基和が外国人登録証明書の居住地ではなく、広島市《番地略》に居住している事実については把握していた。

更に、原告丁基和は、三宅からの呼出状交付前の呼出しには、近所の路上や喫茶店での質問には応じており、その時に指紋押なつ拒否の事実や動機等の様々な質問に一〇回以上答えていた。その際、原告丁基和は三宅に指紋押なつがなされていない外国人登録証明書を見せたことがあった。

{7} 同署では、原告丁基和から事情を聴取することとし、以下のとおり呼出を行った。

<1> 昭和六一年一月一〇日午前八時七分、三宅らが原告丁基和方を訪れ、日時を同月一六日午前九時、場所を広島中央警察署とした呼出状を直接原告丁基和本人に交付したところ、原告丁基和は「はい。分かりました。」との返答をした。

右呼出期日当日、原告丁基和は同署に出頭しなかった。

<2> 同月一八日午前八時一五分、三宅らが原告丁基和方を訪れ、日時を同月二五日又は同月二六日午前九時、場所を広島中央警察署とした呼出状を直接原告丁基和本人に交付したところ、原告丁基和は「はい。分かりました。」との返答をした。

右呼出期日当日、原告丁基和は同署に出頭しなかった。同署の署員らが同月二五日原告丁基和の行動の確認をとったところ、広島韓国会館に出入りしていることが確認でき、翌二六日については、広島平和公園において、第五三回中国駅伝大会に韓国から参加した啓明大学への声援を行った後、広島韓国会館に出入りしていることが確認できた。

<3> 同月二八日午前八時三〇分、三宅らが原告丁基和方を訪れ、日時を同年二月一日、二日又は三日午前九時、場所を広島中央警察署とした呼出状を直接原告丁基和本人に交付したところ、原告丁基和は「二月二日に行きましょうか。」との返答をした。

右呼出期日当日、原告丁基和は同署に出頭しなかったので、三宅が電話で確認をしたところ、原告丁基和は「母方の叔父さんが死亡し、今晩通夜で明日葬式がある。今から通夜の準備をしなければならないので、行かれません。」との返答をした。

<4> 同年二月一〇日午前八時三五分、三宅らが原告丁基和方を訪れ、日時を同月一八日又は一九日午前九時、場所を広島中央警察署とした呼出状を直接原告丁基和に交付したところ、原告丁基和は「分かりました。ご苦労様でした。」との返答をした。

右呼出期日当日、原告丁基和は同署に出頭しなかった。同署の署員らが同月一八日、原告丁基和の行動の確認をとったところ、広島韓国会館に出入りしていることが確認できた。翌一九日についても広島韓国会館に出入りしていることが確認できた。

<5> 同年三月三日午前八時二五分、三宅らが原告丁基和方を訪れ、日時を同月八日又は九日午前九時、場所を広島中央警察署とした呼出状を交付したところ、原告丁基和は「三月一六日に民団の大会を開催するので大変忙しくしている。」との返答をした。

右呼出期日当日、原告丁基和は同署に出頭しなかった。同署の署員らが同月八日、原告丁基和の行動の確認をとったところ、広島韓国会館に出入りしていることが確認できた。翌九日原告丁基和の行動の確認をとったところ、広島韓国会館に出入りしていることが確認できた。

{8} 昭和六一年四月一四日、本件事件の捜査主任官であった同署の二宮は、原告丁基和に対する逮捕状を広島簡易裁判所に請求し、同日発付を受けた。

同日、広島地方検察庁では、広島市職員である筆本憲から原告丁基和の指紋押なつ拒否罪に関して事情を聞き、原告丁基和の外国人登録申請書の再交付申請の理由及び原告丁基和がその時中区役所に提出した外国人登録証明書の形状について確認した。

{9} 翌一五日午前八時三三分原告丁基和方において、同署の署員は原告丁基和を逮捕した。同日午前八時四五分原告丁基和は同署に引致され、広島警察署員からの身上、経歴や中区役所においての指紋押なつ拒否の状況及びその動機等についての質問に答え、供述調書二通が作成された後、原告丁基和は、翌一六日午前九時三五分、広島地方検察庁に身柄付送致され、同庁で指紋押なつ拒否の状況及び動機等について質問に答え、供述調書が作成された後、同日午後五時六分釈放された。

(2) 逮捕の違法性について

前記認定事実によれば、原告丁基和は、外国人登録証明書の再交付申請の際に、指紋押なつを拒否したものであるが、その時、原告丁基和が提出した外国人登録証明書は表紙だけで中身がなく、その表紙もさほど古くないという不自然なものであり、原告丁基和は中身が紛失した理由について劣化によるものであるというのみで何ら合理的理由を説明していないものであることからすると、原告丁基和には外国人登録証明書を故意に毀損したのではないかと疑われる事情が存したといわざるを得ず、客観的に外国人登録証明書について罪証隠滅のおそれがあったものと認められ、広島中央警察署としても原告丁基和の外国人登録証明書の再交付申請の理由及びその状況については、検察官作成の供述調書によって把握していたものと認められることからすると、同署の原告丁基和の逮捕については、罪証隠滅のおそれがあるとの合理的根拠に基づいて逮捕したものと認められることから、同署の逮捕行為については何ら違法な点は認められない。

(3) 留置継続の違法性について

前記認定のとおり、原告丁基和には、外国人登録証明書について罪証隠滅のおそれがあったと認められることから、原告丁基和の外国人登録証明書を差し押さえ、原告丁基和の弁解を聴取するまでは、留置継続の必要があるものと認められる。

しかし、前記認定事実によれば、原告丁基和は、自らの信念に基づいて指紋の押なつを拒否したものであり、指紋押なつ拒否の事実をマスコミにも公言していたものであり、韓国民団広島県地方本部の要職に就いていたものであることからすると、原告丁基和に逃亡及び罪証隠滅の意思はなかったものと認められる。

そして、広島中央警察署は、本件逮捕時までに外国人登録原票の写や指紋原紙の写等を入手しており、更には、三宅が原告丁基和に度々会い指紋押なつ拒否の事実やその動機等を原告丁基和から聞いていたこと、更に、同署の署員としては、指紋不押なつ罪に対する社会的非難の程度が比較的軽微で、当時の宣告刑が軽いものであったことを当然認識していたものと認められることからすると、同署として、原告丁基和の外国人登録証明書の証拠の保全を図る以外に、原告丁基和を留置しておく必要があると認められる合理的根拠が存在したものとは認められない。したがって、原告丁基和について外国人登録証明書の差押をし、原告丁基和の弁解を聞いた後も留置を継続したことについては、合理的根拠が客観的に欠如しているにもかかわらずあえて留置を継続したものと認められるような事情があるものといえ、同署の職員の行為は国家賠償法一条一項の適用上違法であり、かつ同署の職員には過失があったものと認められる。

この点、被告広島県は原告丁基和が登録上の居住地とは別の所に居住していたことを根拠に逃亡のおそれを主張するが、確かに原告丁基和は登録上の居住地とは別の所に居住していたものであるが、原告丁基和は、三宅に対してそのことを話しており、同署も右事実を把握していたものであり、出頭要請も原告丁基和の実際の住所地にあてて行われていることからしても、右事実をもってして原告丁基和の逃亡のおそれを推認することはできない。

また、被告広島県は、犯行に至る経緯や支援団体等の支援状況等について未解明な点があり、証拠湮滅のおそれがあった旨主張するが、原告丁基和は自らの信念に基づいて指紋押なつを拒否しており、同署は、右事実は認識していたことからすると、原告丁基和が犯行に至る経緯等について罪証を隠滅する必要はなく、その意思も有していなかったことは明らかであり、同署も原告丁基和の意思は十分認識し得たものと認められるから、被告広島県の主張を採用することはできない。

(五) 原告金徳煥について

(1) 逮捕に至る事実経過

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

{1} 原告金徳煥は、昭和二二年五月三一日大阪府布施市で出生し、日本で成育したいわゆる在日韓国人二世であり、本件逮捕当時、協定永住資格を取得していた。

原告金徳煥は大阪市生野区にある小学校、中学校及び生野工業高等学校をそれぞれ卒業し、大阪外国語大学に進学したが四年の時で退学し、家業である自転車の部品製造の仕事に従事していた。

本件逮捕当時、原告金徳煥は、大阪市生野区で、昭和四八年に結婚した妻、小学生の子供二人と居住していた。当時妻は専業主婦で、次男は重度の障害があり障害認定基準Aと認定されていた。原告金徳煥は、昭和五七年四月から同市生野区の聖和社会館の館長として勤務しており、原告金徳煥の両親も原告金徳煥宅より一〇〇メートル位離れた近隣で居住していた。

{2} 原告金徳煥は昭和五九年暮れ頃から、外国人登録法の抜本改正を勝ち取る生野八者会共闘を結成して指紋押なつ制度の撤廃を求める運動に参加するようになり、昭和六〇年七月その一環としてテレビ、新聞取材、ハンスト、集会、デモ、区長交渉で指紋押なつ拒否及びその動機を表明していた。

{3} 原告金徳煥は、同年五月九日、外国人登録の確認申請のため大阪市生野区役所を訪れ、外国人登録法一一条一項に基づき、外国人登録証明書の交付を申請した。右交付手続において、原告金徳煥は大阪市生野区の職員から、外国人登録原票、外国人登録証明書及び指紋原紙に指紋を押なつするよう求められたが、国際人権規約に反し、人権侵害である等として、いずれもこれを拒否した。そこで、右職員は、新しい外国人登録証明書の指紋事項欄に「指紋不押なつ」と明記して、これを原告金徳煥に交付した。

{4} 大阪府生野警察署の署員玉上奉誠(以下、「玉上」という。)は、昭和六一年五月頃、当直勤務中に匿名の電話通報により、原告金徳煥の本件指紋押なつ拒否の事実を知り、同署は捜査を始めた。

同署は同年一〇月一三日に原告金徳煥の捜査関係事項照会書を法務省入国管理局登録課長に提出し、同登録課長は同年一一月一五日に原告金徳煥の外国人登録原票の写、外国人登録写票の写、外国人登録原票、外国人登録証明書、指紋原紙に指紋が押なつされていない旨記載された指紋原紙の写、外国人登録証明書交付報告書の写、外国人登録記録調査書の写及び指紋の押なつを拒否した時の状況を記載した指紋押なつ拒否報告書の写を添付して回答をした。同署は同年一〇月一三日に原告金徳煥の捜査関係事項照会書を生野区長に提出し、同区長は同年一二月八日、外国人登録原票、外国人登録証明書、指紋原紙に指紋が押なつされていない旨記載された指紋原紙の写、外国人登録原票の写及び外国人登録証明書交付申請書登録事項確認申請書の写を添付して回答をした。

同年一一月五日、弁護士中北竜太郎は原告金徳煥らの指紋押なつ拒否罪での任意出頭要請を中止し逮捕を行わない旨要請する申入書を同署に速達配達証明付郵便で郵送したところ、同署から同月七日に弁護士中北竜太郎宛に返送されてきた。

同年一二月一〇日、弁護士中北竜太郎は、原告金徳煥の逮捕が必要ない旨の上申書一通、日本基督教団大阪教区総会議長越智常雄と原告金徳煥の妻らが作成した原告金徳煥の身元保証書二通、弁護士中北竜太郎が録取した原告金徳煥の昭和六〇年五月九日指紋押なつ拒否の供述調書一通、原告金徳煥の外国人登録証明書の写、大阪弁護士会会長鎌倉利行から李敬宰宛の人権侵害救済申立事件の処分結果についての通知書の写、大阪弁護士会会長鎌倉利行作成の大阪府警察本部長宛と高槻警察署宛の基本的人権侵害を発生させない旨を求める警告書の写、弁護士会会長鎌倉利行作成、茨木簡易裁判所宛と大阪地方裁判所宛の安易な逮捕状の発付の自制を求める要望書の写を生野警察署に書留郵便で送付した。右書類は同署から昭和六一年一二月一一日簡易書留で返送された。

{5} この間、同署では、原告金徳煥本人から事情を聴取することとし、以下のとおり呼出しを行った。

<1> 昭和六一年一一月一日午前一〇時五〇分頃、玉上らが原告金徳煥方を訪れたが、本人不在であったため、応対に出た原告金徳煥の妻に対し、日時を同月四日午前一〇時から午前一一時、場所を生野警察署とした呼出状を交付し、原告金徳煥の妻は原告金徳煥は今いないが、伝えておく旨の返答をし、玉上らは呼出状を交付した。

<2> 同月一〇日午後〇時五分頃、玉上らが原告金徳煥方を訪れ、日時を同月一三日午前一〇時から午前一一時、場所を生野警察署とした呼出状を原告金徳煥に交付したところ、原告金徳煥は、一応受け取っておきますとの返答をし、玉上らは呼出状を交付した。

<3> 同月一四日午後一時五〇分頃、玉上らが原告金徳煥方を訪れ、日時を同月一七日午前一〇時から午前一一時、場所を生野警察署とした呼出状を交付したところ、原告金徳煥は一応受けとります、その他にはお答えできないとの返答をし、玉上らは呼出状を交付した。

<4> 同月一八日午前一一時一〇分頃、玉上らが原告金徳煥方を訪れ、日時を同月二一日午前一〇時から午前一一時、場所を生野警察署とした呼出状を原告金徳煥に交付したところ、原告金徳煥は指紋を押す気はなく、出頭しないが受け取っておくとの返答をし、玉上らは呼出状を交付した。

<5> 同年一二月一日午後一時四五分頃、玉上らが原告金徳煥方を訪れ、日時を同年一二月四日午前一〇時から午前一一時、場所を生野警察署とした呼出状を原告金徳煥に交付したところ、原告金徳煥本人は一応受け取ります、その他にはお答えできないとの返答をし、玉上らは呼出状を交付した。

<6> 同月五日午後一時四五分頃、原告金徳煥に対し、日時を同月八日午前一〇時から午前一一時、場所を生野警察署とした呼出状を交付しようと、玉上らが自宅及び勤務先を訪れたが、不在であったため勤務先の女子事務員に呼出状を手渡したところ、女子事務員は確かに渡しますとの返答をし、玉上らは呼出状を交付した。

<7> 同月八日午前七時二〇分頃、玉上らが原告金徳煥方を訪れ、日時を同月一〇日午前一〇時から午前一一時、場所を生野警察署とした呼出状を原告金徳煥に交付しようとしたところ、原告金徳煥が不在であったため、原告金徳煥の妻に交付したところ、原告金徳煥の妻は原告金徳煥が帰ってきたら渡しますとの返答をし、玉上らは呼出状を交付した。

<8> 原告金徳煥は同署からの計七回の呼出しに対し、いずれも出頭しなかった。

{6} 同年一二月一一日、大阪地方裁判所は原告金徳煥に対する逮捕状を発付し、翌一二日午前七時二七分、原告金徳煥は自宅で逮捕され、同署は、原告金徳煥の外国人登録証明書を差押え、コピーした。

原告金徳煥は同日同署に引致され、氏名、職業、家族及び指紋押なつ拒否の事実は答えたが、指紋押なつ拒否の理由については答えたくありませんとの返答をし、署名指印がなされた供述調書が作成された。同日午後〇時三〇分、原告金徳煥は大阪地方検察庁に送致され、取調べを受け、指紋押なつ拒否の理由等について供述調書が作成された後、同日釈放された。

なお、本件について生野区長からの告発はなかった。

(2) 逮捕の違法性について

原告金徳煥は自らの信念に基づいて指紋押なつを拒否したもので、マスコミに対して指紋押なつ拒否の事実及びその動機を表明していたものであり、更に原告金徳煥は結婚した妻と小学生二人と居住しており次男に重度の障害があり、自らは聖和社会館の館長として定職に就いていたことからすると、原告金徳煥には逃亡及び罪証隠滅の意思はなかったと認められ、客観的にも逃亡及び罪証隠滅のおそれはなかったものと認められる。

そして、同署では本件逮捕以前に外国人登録原票の写等を入手し更には、原告金徳煥の身元を保証する保証書や原告金徳煥の指紋押なつ拒否の事実を弁護士中北竜太郎に供述した供述調書の送付を受け、更には、原告金徳煥の外国人登録証明書の写等を入手していたことからして、原告金徳煥に対する逮捕については、合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらずあえて逮捕したと認めうるような事情があるものといえ、国家賠償法一条一項の適用上違法であるとともに、同署の職員には過失があるものと認められる。

この点被告大阪府は組織的背景の事実に関する罪証隠滅のおそれがあった旨主張するが、原告金徳煥は自らの信念に基づいて指紋押なつを拒否していることからして、原告金徳煥が組織的背景等について罪証隠滅する意思を有していたとは認められず、かつ同署も右事実を認識していたものであるから被告大阪府の主張は採用できない。

外国人登録証明書が破棄される可能性についても、外国人登録証明書の写は原告金徳煥から送付されていたものであり、更に、原告金徳煥が自らの信念に基づいて指紋押なつを拒否していることからしても外国人登録証明書について証拠を湮滅するおそれが具体的にあったとは認められず、同署も右事実を認識していたものである以上、被告大阪府の主張はとりえない。原告金徳煥が同署からの度重なる任意出頭の要請を拒否した点についても原告金徳煥は自らの信念に基づいて指紋押なつを拒否しているものであり、同署からの呼出しに対しても応答した上呼出状を受け取っていることからしても、原告金徳煥に刑事訴訟手続からの逃避性行を伺うことはできず、逃亡のおそれ及び罪証隠滅のおそれを推定することができない特段の事情があると言うべきである。

(六) 原告李敬宰について

(1) 逮捕に至る事実経過

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

{1} 原告李敬宰は昭和二九年三月七日日本で出生し、高槻市成合地区内で成育したいわゆる在日韓国人二世であり、本件逮捕当時、協定永住資格を取得していた。

原告李敬宰は本件逮捕当時、大阪府高槻市《番地略》に両親と妻と子供一人と居住していた。原告李敬宰は昭和四四年四月茨木市の私立関西大倉高等学校に入学し、昭和四七年三月に卒業後、高槻教育委員会主催の朝鮮人子供の会の指導員を二年間し、昭和五五年以降在日朝鮮人に対する差別をなくし朝鮮人が誇りをもって生きることができるようにするための活動を目的とした高槻むくげの会の専従をするようになり、本件逮捕当時は同会事務局長であった。

{2} 原告李敬宰は、昭和五七年八月七日、子供会の登山の際にジャージのポケットから外国人登録証明書を落としたことを理由に外国人登録証明書の再交付申請をなし、その際、指紋の押なつを拒否した。

原告李敬宰は、昭和六〇年三月五日にも、大阪府高槻市役所において、外国人登録書をどこかで落としたことを理由とする外国人登録書の再交付申請をなす際に、指紋の押なつを拒否した。

この時、原告李敬宰は昭和五七年八月七日に指紋押なつを拒否する旨を事前に報道関係者に連絡しており、原告李敬宰は高槻市役所に対し指紋押なつ拒否の意向を告げた後、用意していた「外国人登録法の『指紋押捺』を拒否する声明」と題した指紋押なつを拒否する旨とその動機を記載した声明文を提出した。同市役所は同月九日、在日大韓基督教会総会所長李仁夏より原告李敬宰を告発しないこと、外国人登録法の指紋押なつ義務及び常時携帯義務の廃止を求める要望書の提出を受け、更に、「外登法の指紋押捺、常時携帯の廃止を!」と題した高槻むくげの会作成のビラを入手した。

{3} 原告李敬宰に対する逮捕状請求時までに、大阪府警察高槻警察署では昭和六〇年五月二九日、法務省入国管理局登録課長に捜査関係事項照会書を提出し、同登録課長は同年六月六日、外国人登録原票の写、高槻市長から大阪府知事宛の昭和五七年八月七日の原告李敬宰の指紋押なつ拒否の際の状況が記載された指紋押なつ拒否報告書の写、「外国人登録法の『指紋押なつ』を拒否する声明」と題する声明文の写、在日大韓基督教会総会所長李仁夏から高槻市宛の要望書、「外登法の指紋押なつ、常時携帯の廃止を!」と題する高槻むくげの会作成のビラの写、昭和六〇年三月五日の指紋押なつ拒否の際の状況が記載された指紋押なつ拒否報告書の写、登録事項確認申請書の写、昭和六〇年三月五日の再交付申請の際の再交付が必要な理由が記載された理由書の写、外国人登録原票の写、昭和五七年八月七日に外国人登録証明書が紛失により再交付されていることが記載された外国人登録出入国記録調査書の写を添付して回答をした。同署は同登録課長提出の回答で昭和六〇年三月五日の指紋押なつ拒否事実を確認した。

同署は同年三月一一日、高槻市長に捜査事項照会書を提出し、同市長は同年六月一二日、外国人登録証明書再交付引替交付申請書の写、再交付が必要な理由が記載された理由書の写を添付して回答をしたが、原告李敬宰が逮捕された後の入手だった。

同署は、原告李敬宰が逮捕された後にも同市長に同年六月一二日捜査関係事項照会書を提出し、同市長は同月一三日、指紋押なつを拒否した際の状況が記載された指紋押なつ拒否報告書の写二通(昭和五七年八月七日の拒否と昭和六〇年三月五日の拒否に関するもの各一通)、再交付の理由が記載された理由書の写、外国人登録証明書交付申請登録事項確認申請書の写、外国人登録原票の写を添付して回答をした。

同年五月二三日、原告李敬宰は大阪地方裁判所に対し、警察から原告李敬宰及び他二名の逮捕状請求があっても出さないでほしいとの上申書を提出した。

{4} この間、同署では、原告李敬宰から事情を聴取することとし、以下のとおり呼出しを行った。

<1> 同年四月一六日午前九時、同署の署員らが原告李敬宰方を訪れ、日時を同月一八日午前一〇時、場所を高槻警察署とした呼出状を原告李敬宰に交付しようとしたが、原告李敬宰不在のため、原告李敬宰の妻は、原告李敬宰に確認してみるので郵送してもらいたいとの返答をした。署員らは呼出状を受け取ってもらうよう説得した後、妻の面前で郵便受けに投函した。

呼出当日の午前九時五分頃、原告李敬宰は今日は用事があっていけない、出頭については弁護士と相談するとの電話連絡をし、当日は出頭しなかった。

<2> 同月二二日午前八時二〇分、同署の署員らが原告李敬宰宅を訪れ、日時を同月二四日午後一時、場所を高槻警察署とした呼出状を原告李敬宰に交付したところ、原告李敬宰は一応受け取っておきますとの返答をした。

呼出当日、午前一一時二〇分頃、原告李敬宰は今日は仕事の都合で出頭できない、このことについては慎重に考えているとの電話連絡をし、当日は出頭しなかった。

<3> 同月三〇日午前八時一五分、同署の署員らが原告李敬宰宅を訪れ、原告李敬宰の妻が応対し、日時を同年五月七日午後一時、場所を高槻警察署とした呼出状を交付したところ、しばらくして原告李敬宰が子供を抱いて出てきたので、呼出状について聞いたところ確認した旨の返答を得た。

呼出期日の午前九時三五分頃、原告李敬宰は大切なことだからもう少し時間をかけて考えたいとの電話連絡をし、当日は出頭しなかった。

<4> 同月一六日午前八時三〇分、同署の署員らが原告李敬宰宅を訪れ、日時を同月二〇日午後一時、場所を高槻警察署とした呼出状を交付しようとしたところ、原告李敬宰が不在であったため、原告李敬宰宅所有の乗用車付近で待機中、原告李敬宰が車のところに来たので原告李敬宰本人に直接呼出状を交付した。

呼出期日の午前九時五分頃、原告李敬宰より出頭すべきかどうかについて慎重に考えているので今日は出頭しないとの電話連絡があり、当日は出頭しなかった。

<5> 同月二五日午前八時二〇分、同署の署員らが原告李敬宰宅を訪れ、日時を同月三〇日午後一時、場所を高槻警察署とした呼出状を交付しようとしたところ、原告李敬宰は不在であったが、原告李敬宰の妻は分かりましたとの返答をした。

呼出期日の午後一時二〇分頃、原告李敬宰はまだ考えているので今日は出頭しない、呼出しに応ずる時期ではないと思っている等の電話連絡をし、当日は出頭しなかった。

{5} 同署が任意出頭要請を継続している間、原告李敬宰の生活態度に変化はなかった。

{6} 昭和六〇年六月一二日午前七時一〇分、同署の署員らは茨木簡易裁判所の発付した逮捕状に基づき、原告李敬宰方において原告李敬宰を逮捕し、外国人登録証明書を差押えコピーした。

同日、大阪地方検察庁に送致され、同庁における取調べにおいて、原告李敬宰は指紋押なつの拒否の理由や動機については言いたくありませんと述べた供述調書を一通作成され署名押印した後、同日午後六時頃、釈放された。

(2) 逮捕の違法性について

前記認定事実によれば、原告李敬宰は、わずか二年七か月余りの間に、二度に渡り外国人登録証明書の再交付申請をなしているものである。そして、その理由は、一回目については子供会の登山中に紛失したものであるということで、一応の合理性は認められるものの、二回目の理由はどこかで落としたという程度の理由しか述べられていない。そして、高槻警察署としては、一回目の再交付申請が紛失によるものであり、二回目の再交付申請の理由も認識していたものであるところ、外国人登録証明書について客観的に罪証隠滅のおそれがあるとまではいえないとしても、同署の警察官が原告李敬宰に外国人登録証明書を破棄するおそれがあると判断したことにつき、合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであったと認めることはできないから、同署の署員の逮捕行為が国家賠償法上違法であるということはできない。

この点、原告李敬宰は、外国人登録証明書が必要であれば、呼出状交付の際に原告李敬宰に提示を求めればよかった旨主張するが、原告李敬宰が任意の提出に応じるとは限らず、任意に提示を求めたことを契機に外国人登録証明書を破棄される危険性も存した以上、同署が原告李敬宰に任意提出を求めなかったことをもって、逮捕が違法であったとはいえない。

また、原告李敬宰は、原告李敬宰の外国人登録証明書についての指紋不押なつ罪については、同署が逮捕するまでに入手していた証拠で十分裏付けがとれていた旨主張するが、前記認定事実によると、同署が入手していた証拠はあくまで外国人登録証明書への指紋不押なつ罪に関する間接的な証拠に過ぎないものであり、右罪を立証する直接かつ最良の証拠は当該外国人が所持する外国人登録証明書そのものであることは明らかであるから、原告李敬宰の主張は採用することはできない。

(七) 原告洪仁成について

(1) 逮捕に至る事実経過

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

{1} 原告洪仁成は昭和二八年一一月一九日高槻市成合地区で出生し、同区内で成育したいわゆる在日韓国人二世であり、本件逮捕当時、協定永住資格を取得していた。

原告洪仁成は高槻市にある高槻市立第六中学校を卒業後、茨木市にある私立関西大倉高等学校を二年生で中退し、その後職を転々とし、昭和四七年に高槻むくげの会を結成し、在日韓国人に対する差別撤廃運動に取り組んできた。逮捕当時は同会の代表であった。

昭和五二年から本件逮捕当時に至るまで高槻市《番地略》にある金原製作所で工員として勤務しており、原告洪仁成の収入で、妻と子供三人の五人で、外国人登録証明書上の居住地である高槻市《番地略》に居住し、母は高槻市内で年金生活を送っていた。

{2} 原告洪仁成は、外国人登録証明書を洗濯してしまったことを理由に、昭和六〇年三月一日高槻市役所において外国人登録証明書の再交付申請をし、その際、外国人登録原票、外国人登録証明書、指紋原紙への指紋の押なつを拒否した。原告洪仁成は同市役所市民活動部次長ら三人に指紋を押なつするよう説得を受けたが、拒否して帰った。

{3} 高槻警察署は昭和六一年五月頃、高槻市に住む原告洪仁成という人物が指紋押なつを拒否しているという匿名の電話連絡により、同市役所で居住地を確認し、捜査を始めた。

その後、原告洪仁成は、同年一一月二八日に、同署の署長宛と茨木簡易裁判所宛に弁護士中北竜太郎ら作成の任意出頭要請、逮捕が違法、不当であり、任意出頭要請及び逮捕の中止を求める申入書ないし原告洪仁成の逮捕状請求の却下を求める上申書、原告洪仁成の雇用主である金原直井、地元選出府会議員である山本健治、原告洪仁成の母金光先、民団高槻支部団長ら四名の身元保証書四通、弁護士中北竜太郎が録取した原告洪仁成の指紋押なつ拒否の事実が記載された供述調書、原告洪仁成が携帯する外国人登録証明書の写、李敬宰の人権救済申立事件について大阪弁護士会会長鎌倉利行から同署の署長及び大阪府警察本部長への警告書二通ないし大阪弁護士会会長鎌倉利行から茨木簡易裁判所上席裁判官、大阪地方裁判所所長宛の逮捕状請求の却下の要望書二通を郵送した。

同署は原告洪仁成の指紋押なつ拒否の事実について、外国人登録証明書交付申請書登録事項確認申請書の写、再交付の理由が記載された理由書の写、外国人登録原票、外国人登録証明書、指紋原紙に指紋が押なつされていない旨記載された外国人登録原票の写、高槻市長から大阪府知事宛の指紋押なつを拒否したときの状況を記載した指紋押なつ拒否報告書の写を逮捕以前に入手し、原告洪仁成作成の指紋押なつ拒否の事実及びその動機を確認していた。

{4} この間、同署では、原告洪仁成から事情を聴取することとし、以下のとおり呼出を行った。

<1> 同年一〇月二九日午前九時五分、同署の署員らが原告洪仁成方を訪れ、日時を同年一一月一日午前一〇時、場所を高槻警察署とした呼出状を原告洪仁成に交付しようとしたところ、原告洪仁成は不在であったため、原告洪仁成の妻李竹美は、原告洪仁成に渡しておきますとの返答をした。

<2> 同年一一月五日午前八時三〇分、同署の署員らが原告洪仁成方を訪れ、日時を同月七日午前一〇時、場所を高槻警察署とした呼出状を直接原告洪仁成に交付した。

<3> 同月九日午後六時三〇分、同署の署員らが原告洪仁成方を訪れ、日時を同月一一日午前一〇時、場所を高槻警察署とした呼出状を原告洪仁成に交付しようとしたところ、家族全員不在であったため、郵便受けに投函し、翌日架電したところ、李竹美が電話に出て、自分が呼出状を受け取り、夫も見た旨の返答をした。

<4> 同月一三日午後三時二五分、同署の署員らが原告洪仁成方を訪れ、日時を同月一五日午前一〇時、場所を高槻警察署とした呼出状を交付しようとしたところ、原告洪仁成が不在のため李竹美に呼出状を交付し、翌日架電したところ、李竹美は夫に渡した旨の返答をした。

<5> 同月一七日午前七時五分、同署の署員らが原告洪仁成方を訪れ、日時を同月二〇日午前一〇時、場所を高槻警察署とした呼出状を直接原告洪仁成に交付した。

<6> 同年一二月二日午前八時四〇分、同署の署員らが原告洪仁成方を訪れ、日時を同月四日午後一時、場所を高槻警察署とした呼出状を原告洪仁成に交付し、原告洪仁成は受取を拒否したので、本人の面前で原告洪仁成宅の郵便受に投函した。

<7> 同署が出した計六回の呼出しについて、原告洪仁成はいずれも同署に出頭しなかった。

{5} 同署が任意出頭を継続している間、原告洪仁成の生活態度に変化はなかった。

{6} 同署は同年一二月一二日原告洪仁成を逮捕し、同人が所持する外国人登録証明書を差し押さえた。同日同署では、同署の署員が原告洪仁成に住所、氏名、職業、指紋押なつを拒否した理由及び動機等について質問し、原告洪仁成は右質問に答え、署名押印された二通の供述調書が作成された。その後、大阪地方検察庁に送致され、同庁において原告洪仁成に対し住所、氏名、指紋押なつ拒否の理由及び動機等についての質問がされ、署名押印された一通の供述調書が作成された。

(2) 逮捕の違法性について

前記認定事実によると原告洪仁成は、自らの信念に基づいて指紋押なつを拒否し、指紋押なつ拒否を同署や茨木簡易裁判所に公言していたものであり、金原製作所で工員として定職に就いているとともに高槻むくげの会の代表も務め、原告洪仁成の収入で妻と子供の三人を養っていたものであることからして、原告洪仁成の逃亡及び罪証隠滅の意思がなかったものと認められ、客観的にも逃亡及び罪証隠滅のおそれはなかったものと認められる。

そして、同署においても、本件逮捕に至るまでに外国人登録原票の写、外国人登録証明書の写、原告洪仁成の指紋押なつ拒否の事実が記載された弁護士中北竜太郎作成の供述調書や原告洪仁成の同署長宛の逮捕が不当である旨の申入書等を入手していたことからして、同署では原告洪仁成の指紋押なつ拒否及びその動機は明確に認識していたものであることからすると、原告洪仁成に対する逮捕については、合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかでもあるにもかかわらずあえて逮捕したと認めうるような事情があるものといえ、国家賠償法一条一項の適用上違法であるとともに同署の職員には過失があるものと認められる。

この点、被告大阪府は組織的背景の事実等について罪証隠滅のおそれがあり組織を通じて逃亡するおそれもあった旨主張するが、原告洪仁成は自らの信念に基づいて指紋押なつを拒否していることからすると、組織的背景等について罪証隠滅すべき必要及び意思があったとは認められず、また逃亡する必要もあったとは認められないことからして被告大阪府の主張は採用できない。

外国人登録証明書の破棄についても、被告大阪府は本件逮捕以前に外国人登録証明書の写の送付を原告洪仁成から受けており原告洪仁成が自らの信念に基づいて指紋押なつを拒否している事実をもあわせ考えると、原告洪仁成は外国人登録証明書を破棄する意思があったとは認められず、同署も右事実を認識していたものといえ、原告洪仁成が外国人登録証明書を破棄する可能性はなかったものであるから、被告大阪府の主張は理由がない。また、外国人登録証明書の再交付申請の理由である過失により汚損したという説明内容には格別不自然な点はないから、このことから破棄のおそれを推認するのも相当でない。

原告洪仁成が同署の度重なる出頭要請に対して応じなかった点についても、原告洪仁成は自らの信念に基づいて指紋押なつを拒否しているものであり、同署からの出頭要請があった後も何らその生活態度に変化を生じさせていないことからして、刑事訴訟手続からの逃避性行を伺うことはできず、逃亡のおそれ及び罪証隠滅のおそれの存在を推定することができない特段の事情があるというべきである。

(八) 原告徐翠珍について

(1) 逮捕の違法性について

《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

{1} 原告徐翠珍は昭和二二年四月一〇日兵庫県神戸市で出生したいわゆる在日中国人二世であり、本件逮捕当時、一般永住の資格(本件当時の出入国管理及び難民認定法四条一項一四号)を取得していた。

原告徐翠珍は、昭和四〇年三月神戸市立兵庫高等学校を卒業し、同年四月武庫川女子短期大学二部に入学し、昭和四二年四月同短期大学を卒業した。昭和四〇年神戸華僑幼稚園に就職したが、昭和四三年三月に退職し、昭和四五年現在の夫である林伯輝と結婚し、その後市立めぐみ保育園に勤務した。昭和四六年六月第一子を出産し、同年七月市立めぐみ保育園に復職したが、大阪市に移管された際に解雇され、昭和四八年一月大阪市採用要綱保母職の国籍条項の撤廃に伴い、改名された長橋第三保育所へ復職した。昭和五〇年第二子を出産し、昭和五八年三月まで右保育所で保母として勤務した後、同年四月学童保育所「芽」を設立し、大阪市西成区《番地略》西成労働文化センター、通称雑草舎一階で障害児、健常児、在日朝鮮人、在日中国人の学童保育所の指導員として勤務していた。更に、西成区の荻之茶屋釜ケ崎キリスト教キョウユウ会でアルバイトも行い、本件逮捕当時まで、右二つの職業に就いていた。右センターの二階は労働組合の事務所、三階に原告徐翠珍の家族の居所があった。

昭和六〇年五月二日、西成警察署に原告徐翠珍、右学童保育所の職員、近所の住民及び指紋押なつ拒否者等約一〇〇名程で指紋押なつ拒否に対する捜査が不当である旨の抗議デモを行い、その時公務執行妨害罪で逮捕され、勾留されたが、直後に釈放された。

同年五月三〇日、日本人、朝鮮人及び中国人を含む人達で「指紋なんてみんなで“不”(プー)の会」を結成し、指紋制度の改正、外国人登録法の違法性を地域で学習し、改正に向けての活動、ビラまき、研究活動等を行っていた。

{2} 原告徐翠珍は同年五月二〇日、西成区役所において、外国人登録法一一条第一項に基づく確認交付申請をするに際し、外国人登録証明書、外国人登録原票及び指紋原紙に指紋の押なつをしなかった。

この時、同区役所に報道記者がおり、翌二一日の朝日新聞及び東京新聞に中国人で初の指紋押なつ拒否者がでた旨の記事が掲載された。

{3} 同年五月二〇日、西成警察署は原告徐翠珍の指紋押なつ拒否の事実及びその動機の記載されているビラを入手し、調査を始め、原告徐翠珍の外国人登録証明書上の登録居住地である大阪市西成区《番地略》西成労働センターを西成区役所で確認した。

昭和六一年一一月一日及び同月一九日、原告徐翠珍と支援団体計四〇名が同署に赴き、同署の署員の面前で不当な捜査をしていることに対しての抗議行動を行った。

原告徐翠珍に対する逮捕状請求時までに、同署では、昭和六一年八月一一日、同年一一月一〇日に同区長に捜査関係事項照会書を提出し、同区長は同年一二月八日同署に外国人登録原票、外国人登録証明書、指紋原紙に指紋が押なつされていない旨記載された外国人登録原票の写、外国人登録証明書交付申請書登録事項確認申請書の写を添付して回答をした。

{4} この間、同署では、原告徐翠珍から事情を聴取することとし、以下のとおり呼出しを行った。

<1> 同年一〇月三〇日午前八時二分から七分頃、同署の署員らが原告徐翠珍方を訪れ、日時を昭和六一年一一月四日午後一時、場所を西成警察署とした呼出状を原告徐翠珍に交付しようとしたところ、原告徐翠珍が不在であったため、原告徐翠珍の夫林伯輝に同署の署員らは徐翠珍の出頭予定日を尋ねたが、原告徐翠珍の夫は予定が分からないとの返答をした。そこで同署の署員らは、出頭日が都合悪ければ、同署に電話するように伝え、呼出状を交付した。

<2> 同年一一月一一日午後二時三〇分、同署の署員が原告徐翠珍に対する、日時を同月一二日午後一時、場所を西成警察署とした呼出状を同署前の郵便ポストに投函した。同日午後五時五二分に同署の署員らが原告徐翠珍方を訪れ、原告徐翠珍宅前の出入口横の郵便受に右と同じ呼出状を直接投函した。

<3> 同月一二日午後四時一〇分、同署の署員が原告徐翠珍に対する、日時を同月一四日午後一時、場所を西成警察署とした呼出状を同署前の郵便ポストに投函した。同日午後七時二分に同署の署員らが原告徐翠珍方を訪れ、原告徐翠珍宅前の出入口横の郵便受に右と同じ呼出状を直接投函した。

<4> 同月一四日午後二時三〇分、同署の署員が原告徐翠珍に対する、日時を同月一七日午後一時、場所を西成警察署とした呼出状を同署前の郵便ポストに投函した。同日午後七時一五分に同署の署員らが原告徐翠珍方を訪れ、原告徐翠珍宅前の出入口横の郵便受に右と同じ呼出状を直接投函した。

<5> 同月一七日午後二時四〇分、同署の署員が原告徐翠珍に対する、日時を同月一九日午後一時、場所を西成警察署とした呼出状を同署前の郵便ポストに投函した。同日午後八時一五分に同署の署員らが原告徐翠珍方を訪れ、原告徐翠珍宅前の出入口横の郵便受に右と同じ呼出状を直接投函した。

<6> 同月一九日午後六時四五分、原告徐翠珍及びその支援団体と思われる者計三四名が同署に来た際、日時を同月二一日、時間を指定しない旨の呼出を同署正面玄関前車道上にて、集団後方の原告徐翠珍に対し口頭により六回指示したところ、原告徐翠珍は、「なんで出てこないかんのや、用事があったらお前が来い」との返答をした。

<7> 同月二二日午前一一時、同署の署員が原告徐翠珍に対する、日時を同月二八日午後一時、場所を西成警察署とした呼出状を同署前の郵便ポストに投函した。

<8> 同月二八日午後三時三〇分、同署の署員が原告徐翠珍に対する、日時を同年一二月三日午後一時、場所を西成警察署とした呼出状を同署前の郵便ポストに投函した。

<9> 同年一二月三日午後三時五〇分、同署の署員が原告徐翠珍に対する、日時を同月一〇日午後一時、場所を西成警察署とした呼出状を同署前の郵便ポストに投函した。

<10> 右同署がなした計九回の呼出しに対して、原告徐翠珍はいずれも同署に出頭しなかった。

{5} 昭和六一年一二月一二日午前七時頃、原告徐翠珍方において同署の署員らは原告徐翠珍を逮捕した。その後、同署において、同署の署員が原告徐翠珍に対し、住所の確認や指紋押なつを拒否した事実や動機についての質問をしたが、原告徐翠珍は黙秘を通し、署名押印がない供述調書一通が作成された。その後、大阪地方検察庁に身柄を送致し、同庁では原告徐翠珍に対し住所等の確認や指紋押なつ拒否の動機等について質問をなしたが、原告徐翠珍は黙秘を通し、署名押印のない供述調書一通が作成された。同日午後六時頃、原告徐翠珍は釈放された。

(2) 逮捕の違法性について

前記認定事実によれば原告徐翠珍は、自らの信念に基づいて指紋押なつを拒否しているものであり、指紋押なつ拒否の事実はマスコミにも報道されており、更には、二回にわたり支援者らとともに同署の面前で抗議行動を行っていること、更に、原告徐翠珍は、学童保育所「芽」の設立者として定職に就いており、夫と子供も二人いたことからして原告徐翠珍に逃亡及び罪証隠滅の意思があったとは認められず、客観的にも逃亡のおそれ及び罪証隠滅のおそれがなかったものと認められる。

そして、同署は本件逮捕に至るまでに原告徐翠珍やその支援団体から直接抗議行動を受けるとともに、外国人登録原票の写等の資料を入手していたことからして、原告徐翠珍が自らの信念に基づいて指紋押なつを拒否している事実は認識していたものと認められることから、原告徐翠珍に対する逮捕については、逮捕の必要性を判断するにおいて合理的根拠が客観的に欠如していることが明らかであるにもかかわらずあえて逮捕したと認めうるような事情があったものといえ、国家賠償法一条一項の適用上違法であり、同署の職員には過失があるものと認められる。

この点、被告大阪府は、組織的背景の事実に関して罪証隠滅のおそれがあり、支援団体を通じて逃亡するおそれがある旨主張するが、原告徐翠珍は自らの信念に基づいて指紋押なつを拒否していることからすると、組織的背景について罪証を隠滅する意思は有しておらず、組織を通じて逃亡する必要もその意思もなかったものと認められ、同署は右事実を認識していたものと認められることからすると、被告大阪府の主張は採用できない。

外国人登録証明書の証拠湮滅の可能性についても原告徐翠珍が自らの信念に基づいて指紋押なつを拒否していることからすると、外国人登録証明書を破棄隠匿する余地はあったとしても、あくまで抽象的なおそれにすぎず、具体的な外国人登録証明書の破棄隠匿の可能性があったものとは認められない。

一四  損害

前記認定のとおり、原告李相鎬、同金康治、同金徳煥、同洪仁成、同丁基和、同徐翠珍の六名は、逮捕の必要性ないし留置継続の必要性がないにもかかわらず、逮捕され、留置されたものであるが、右原告らの内、原告李相鎬については、逮捕の必要がないにもかかわらず、本件逮捕により延べ三日間留置されたものであり、原告金康治については当日釈放されるべきところを延べ三日間留置されたものであり、原告丁基和は当日釈放されるべきところを延べ二日間留置されたものであり、その他の原告については逮捕の必要がないにもかかわらず、本件逮捕により一日間留置されたものであるところ、右原告らに逮捕ないし留置の継続により生じた精神的苦痛について、違法とすべき留置された期間をも考慮して慰藉料の額を算定すると、原告李相鎬については金二〇万円、原告金康治については金一五万円、原告丁基和については金七万円、原告金徳煥、同洪仁成、同徐翠珍については各金五万円をもって相当と認められる。

一五  結論

以上によれば、原告らの被告国に対する請求、原告韓基徳の被告北海道に対する請求、原告ロバート・ディビット・リケットの被告東京都に対する請求、原告金博明及び同崔久明の被告三重県に対する請求、原告李敬宰、同金一文及び同高康浩の被告大阪府に対する請求はいずれも理由がなく、原告李相鎬及び同金康治の被告神奈川県に対する請求は、原告李相鎬につき金二〇万円、原告金康治につき金一五万円及び右各金員に対する不法行為後である平成元年六月一八日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告丁基和の被告広島県に対する請求は、金七万円及びこれに対する不法行為後である平成元年六月一七日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、原告金徳煥、同洪仁成及び同徐翠珍の被告大阪府に対する請求は、各金五万円及びこれに対する不法行為後である平成元年六月一七日から各支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がないことから、主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第二三民事部

(裁判長裁判官 前坂光雄 裁判官 大西忠重 裁判官 島崎邦彦)

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